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剣の墓標  作者: えっちぴーMAX
9/10

戦の足音

冬至から二月(ふたつき)の日が過ぎていた。

あの日、プラナタリア隊が遭遇した出来事をエドは毎日のように思い返していた。

全滅、その言葉に直面した日、幼い頃から戦場に立っていたエドにとっては身近な言葉であったが、隊長という立場での経験は初めてであった。隊員の命を背負う責任が全滅という意味をさらに重くしていた。

大剣を振るう腕に力を更に込める。

二度とあのような境遇にならないようにもっと強くなるのだ。この剣をあと何回振れば誰にも負けない強さを持てる?数万?数億?それとも数兆?

自身の不甲斐なさを感じながら、それでもエドは剣を振るう。


奇跡、あの異形を倒した際に、傷ついた体は治癒していた。

瀕死の重傷を負っていたエッジとロレンスも一瞬で全治したのだった。

夢、あの湖で見た幻想的な光は、この世のものとは思えないまさに夢のような美しさであった。

しかし、あの異形の強さは悪夢のようでもあった。この世の生き物とは違う、異質な存在を相手にしているようだった。

戦いを終えた後、プラナタリア隊はロッククロス街道の北、ローベン湖に立っていた。

何度考えてもありえるはずがない。あの日、確かにプラナタリア隊はルカナンの街へ向けて北上していた。雪で視界が悪かったとは言え、ルカナンの街を通りこして、さらに3日の距離があるローベン湖まで北上することは不可能であった。

冬至の日のことは、まるで昔聞いたおとぎ話にあった精霊に化かされた話のようであった。

そして、あの日を堺に変わったことがあった。剣に力をのせて振るう時、体の熱とは別にそれを冷ますかのような冷気を発する時があるのだ。あの日、力尽きた異形は光となってエドの体に吸い込まれた。それが何らかの影響をエドに与えているかのようであった。


「エド、考え事か?」

死体あさり時代に双剣のジャックと二つ名で呼ばれたロッククロス隊、隊長はエドの斬撃を華麗なステップで躱し続ける。しかし、エドの懐に入ろうとすると蹴りを巧に使われて、ジャックの間合いに持ち込めないでいた。

「真っ当な武芸ではないな…。」

ジャックはニヤリと口を歪ませる。ロッククロス隊の中には正統な剣術と呼ばれる流派の一つ、天剣流の武芸を納めた者がいる。彼らの剣術は見習うべき技は確かにあるのだが、戦いの中で使う蹴り技などは一つもなかった。我流として戦いの中で研鑽したジャックとエドの技は洗練された剣技と違って生き残るための泥臭さがあった。視界の外から飛び出す蹴りをジャックは自慢の反射神経で躱す。

見るのは相手の剣先ではない。相手の体の動き、剣を振るうタイミング、呼吸の乱れ。相手の繰り出すすべてを認識し、そしてどうすれば相手に致命傷を入れることができるかを考える。

突然、冷気を感じた。まるでジャックの周囲にある熱がエドに奪われたような感覚を覚えた。

次の瞬間にエドの大剣がジャックの胴体を切り裂くような斬撃を繰り出した。

もちろん、ジャックはすばやくバックステップを踏んでその斬撃を躱す。

しかし、躱したはずの斬撃の跡には、白く輝く霜がジャックの胸当てに残っていた。


ロッククロス隊との合同演習を終えた後、エドとジャックは汗を拭おうと井戸まで来ていた。

「最近はちらほらとキャラバンを目にするようになったな。」

ジャックは桶の水から襤褸切(ぼろき)れを取り出し、水を絞りながりエドに話かけた。

「ああ、今日も2つのキャラバンを目にしたよ。」

エドも同じようにして水を絞り、そのまま、上半身裸の肩から汗を拭う。

一瞬、ヒヤッとした水の冷たさに鼓動が跳ね上がるが、地下を流れる井戸水は思ったより冷たくはない。むしろ地上に置いている甕の水の方が冷たいくらいだった。

「そのキャラバンの連中が言っていた。アルシア帝国が兵を招集しだしたってよ。」

エドはジャックの言葉に思わず顔を向けた。視線の先にあるジャックの顔は真顔だった。

春になって戦いが始まるのならば、ずっと冬であればいいのに…。

エドはそう思わずにはいられなかった。戦いが始まるということは人が死ぬということだからだ。


ジャックとそんな会話をしてから2週間も経たないうちに、ロックウェル国王、ロンベルス5世から戦時態勢への移行が布告された。ダン=クレイスト騎士爵の治めるルカナンの街も非常呼集に備えて即日、戦時態勢へ移行することとなった。戦時態勢へ移行することによる主な変更は3つ、より厳密な入門検査、食料品目の価格統制、町人による予備兵の動員である。これによりルカナンの街の衛門には通常の2倍の衛兵がつくようになり、街の食堂ではいつもより僅かに高い価格へと値段が上がった。そして16歳以上の男性は予備兵として、週に2度の訓練に参加するようになった。ダン=クレイスト騎士爵が出陣した場合、職業軍人である衛兵はほとんどが戦場へ向かい、代わりに街の守備は予備兵に任せられるのだ。

プラナタリア隊の任務も午前は哨戒任務、午後は予備兵の訓練指導となった。


それから一月(ひとつき)経った頃、アルシア帝国軍が国境であるテーネ川を越境したとの情報が入った。去年、死体あさりとして戦争に参加した場所、カネル平原でアルシア帝国とロックウェル王国の戦闘が行われることになるのであった。


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