従士へ(3)
錬成館、クレイスト騎士爵の屋敷の敷地内にある衛士小屋からはじまり、当初は広い屋敷を警備する門番の住居兼詰所であったが、時代とともに増改築を繰り返すことで遂には、全天候型の屋内訓練所を備えるまでに拡張された。当時は最新の建築技術で組んだ木造も、ここ50年で頻繫に起こる隣国、アルシア帝国との紛争による予算削減のためか、隙間風が吹く大変みすぼらしい佇まいになっていた。
その錬成館の中央でエドの170センチはあろう長剣が空を斬る、その風圧は凄まじく街の警らだけで実戦から離れていた衛士にとっては恐怖そのものであった。まるで巨大な魔獣を相手にしている様にその衛士は及び腰になっていた。レイはその光景を見ながら、無理もないと苦笑した。エドの長剣の大きさは大人一人分、今まで6つの戦いに参加したが、こんな馬鹿でかい長剣を見たことがなかった。それを縦横無尽に振り回すエドは今年で16歳、まだ成長期であるが身長は180センチ程、食事も満足に取れていなかったためか体の線は細い。巨大な長剣を自由自在に振るまう姿は、まるで神から加護を受けているようであった。
「これは練習にならないな」
腕を組みながら模擬戦を観戦していたイドとジャックは、その凶悪な長剣に手も足もでない衛士を気の毒に思いながら頷きあった。
剣が巻き起こす風圧が衛士の髪を吹き上げ、攻撃への動きを止めてしまう。もちろん剣を受けることもできない。まともに受ければ、その衝撃は衛士を壁まで吹き飛ばしてしまうだろう。ただの鋼の剣など木剣のように折れてしまうに違いない。とにかく避けなければならないのだ。
「魔獣向けだな。」
「確かにエドの剣は人相手には向きそうにないな。簡単に殺"あや"めてしまう。武力で介入することもある警らには使えないな。」
「前にも話たが、元からいた武官5人は主に街の治安を守っている。街の四方に4人、そして筆頭である俺はこの錬成館を拠点としてご当主様の警護を主任務としている。しかし、最近は街道に強力なモンスターが多くてな、物流が一時止まった時もあった。交易都市としては死活問題だ。そこでお前たちの出番だ。お前たちには交易の要である街道の警らを申し付ける。」
ルカナンへ続く道は南北に渡り、南から豊かな穀物を運ぶ豊穣の道であるプラナタリア街道、北からは遥かウルリカ山脈から産出される鉱石を使った金属が運ばれる鉱石の道であるロッククロス街道。エドとジャックはそれぞれ南をエド、北をジャックが守ることになった。
しかし、エドとジャックは重大な問題を抱えていた。それは長い街道を守護するために必要な機動力である乗馬ができないことであった。平民が馬に乗ることは特定の職に就く者しか許可されておらず。もちろん農村出身の二人には乗馬の経験は皆無であった。
一月の間、みっちり乗馬の練習を行ったエドは一人前と呼んでもいい程、馬を乗りこなすことができるようになっていた。新鮮な馬からの高い目線に、自分が何もせずに自由に動くことができる乗馬にエドは上機嫌で任務を行っていた。
新たに街道を守る隊はその街道の名前が付けられていた。プラナタリア隊、それがエドの率いる隊の名前であった。街の四方を守る衛士の中からかき集められた僅か6名の隊であった。わざわざ安全な街から危険な郊外、ましては危険なモンスターを相手にするのだ。誰もが転属を拒否する中で集まった隊員のほとんどが元いた隊からお払い箱になった爪弾き者である。エドは招集された5名と一緒に乗馬訓練を経て、各人の性格を概ね把握していた。
まずは最年長のロド、年齢は45歳と高齢で経験豊富、その経験を活かしてすぐに手を抜く怠け者、バンは賭け事に目がなく高額な借金を背負っているが明るいお調子者、リックは有名な魔法学院を卒業したが、禁忌に触れて破門となった曰くつきで、無口。エッジはルカナンの街で槍の武術を教えている家系であるが、次男のため家を継げず衛士となった。最後にロレンスは弓使い、本人は剣が好きだったが体が小さく弓に変更、そのため弓への情熱は少なく腕もそこそこである。
プラナタリア隊の朝は早い、警らする範囲は街から30キロ、間には近隣の村と森を抜ける。この行程を毎日2往復するのだ。なにもなければ街に戻って上手い飯が食べられる。残念ながら事件が起こった場合の昼飯は、もれなく乾燥肉とビスケットに変わる。今日の昼食はどの店にしようかと話していた矢先に
事件は起こった。丁度通りかかったキャラバン隊からの報告であった。
馬車がモンスターに襲われたというものであった。事件現場はまだルカナンから約7キロ程しか離れておらず。比較安全と思われていた所で起こった。
現場は馬車が街道から外れ、大麦畑に突っ込んでいて、土に車輪をとられて身動きができないようになっていた。馬車は乗合の定期便で、隣町まで3日の行程を行き来するものだった。乗客に聞くとモンスターに襲われたのははじめてだという事だ。プラナタリア隊全員の馬で縄を引き、馬車を街道まで戻す。馬車を運転していた御者からは大きな狼のモンスターに追いかけられ、畑に追いやられたそうだ。幸い先のキャラバンを護衛していた傭兵たちに狼は追い払われ、怪我もなく無事であったが原因である狼がいる以上、再び同じ事が起きる恐れがあった。乗合馬車をこのまま行かせることはできず。護衛しながらルカナンの街に引き返させた。ルカナンの街に引き返し武官筆頭のレイに報告するとさっそくプラナタリア隊に狼の討伐任務が付与されることとなったのだ。