従士へ(2)
ルカナンの街はロックウェル王国の東方に位置するギノス=ロンダルム公爵が治めるロンダルム州の東の果てにある。さらにロイ=ハイバンス辺境伯が治めるハイバンス地方の南方、ダン=クレイスト騎士爵が治める人口5万人を超える中規模交易街である。険しいウルリカ山脈に囲まれるロックウェル王国は平野が少なく、その中でも一握りの肥沃の地であるハイバンス地方が王国の農業生産の約3割を賄っていた。そのため、先の戦の原因となった通り、隣国のアルシア帝国から常に狙われており、戦の絶えない地方であった。
クレイスト騎士爵家は、3代前にクレイストの街の商人であったギム=ロンドが当時のハイバンス伯爵に認められ貴族位を授かりクレイストの領主となった。本家であるロンド家がそのまま従士となった形であるが、ロンド家の商人としての力はさらに高まっており、文官の長であるザナ=ロンドの影響力はとても強いものであった。
「ご当主、聞きましたぞ、なんでも新たに2人も従士に引き立てられたとか…。」
ダンは帰還した翌日で溜まっていた書類の束に顔を隠しながら、文官の長であるザナの詰問を受けていた。
「ザナ爺、以前から武官を2名追加する件は了承してくれていたはずでしょう?」
「ええそうでしたとも、しかしその2名はまだ若く、成人したばかりと聞きます。」
「そうだったかな…。」
「ましては、死体あさりであったとか…。」
「有名なね。」
「ご当主、考え直してください。武官であれば私がもっと名のある武人を探して参ります。」
「でもさ、この地方は常に武人不足、有力な人材はすぐにもっと力のある貴族に取られてしまって、まったく見つからなかったじゃないか。残念ながら、文官の家柄より武家の貴族の方が武勲をあげられると思われているんだよね。」
ダンはそう言うと椅子から立ち上がり、窓の外を見ながらどこか遠い先を見つめた。
「しかし、死体あさりでは他の兵士に示しがつきません。」
「彼らの実力は本物だよ。そこらの隊長が霞むくらいにね。戦に参加していた暁の傭兵団、その団長を打ち取ったのはあの二人だよ。」
「まさか…。」
「囲まれた私とレイを目の前で救ったんだ。そして公式上、暁の傭兵団の団長、轟雷のハンカを打ち取ったのは私になっている。わかるだろう、彼らには大きな借りがある。」
暁の傭兵団は国民であれば誰もが知っている傭兵団である。団長は国内でトップクラスの強者であり、団の継承は一騎打ちであることは有名であった。まさかその団長を倒す程とは、ザナは動揺した心を落ち着かせるように自慢の顎鬚をさすると、決意した表情で顔を上げた。
「なるほど、承知しました。確かに彼らを従士に取り立てる必要があったようですね。」
「納得してもらって嬉しいよ。」
「そうだ、彼らに相応しい扱いを頼むよ。」
ダンはにっこりと微笑むと、ザナに従士として必要な手続きを指示していった。
「どうだ、昨日は良く眠れたか?」
日の出とともに現れた、従士筆頭レイを眠気眼”ねむけまなこ”で迎えたエドとジャックはあわてて身なりを整えた。
二人は久しぶりのベットでぐっすりと眠ることができ、改めてレイに深く感謝した。
「こんな上等なベット、ありがとうございます。」
藁"わら"のベット以外に寝たことがなかった二人は、清潔なシーツを大いに堪能することができ、それだけで貴族の従士とは贅沢な暮らしをしているのだと実感していた。
「いや、割と普通のベットってか、むしろ粗末な部類なんだけどな、ここも余っていた兵士部屋を使っただけで…。」
二人の純粋な瞳に若干、戸惑いながらも今後の方針を説明していった。
「先日説明した通り、武官の従士は二人を含めて7名になった。現在、クレイスト騎士爵家の兵士は約600人程だ、このルカナンしか領地を持たないクレイスト家の兵士は街の警ら、主に門番や街の治安を守る衛士をしている。だが近年では、街に続く街道でモンスターが増えていて、その討伐を冒険者に委託していたんだが、あまりにも経費がかかり過ぎてな、二人にはいずれ100名程の兵士を率いて、街道のモンスターの討伐をしてもらいたい。もちろん戦働きもしてもらうぞ、二人の真価は戦場で発揮すると期待しているからな。」
食堂で朝食を取りながらレイと話をしていると、食堂を利用している他の兵士たちが新顔のエドとジャックを遠巻きに見ながら噂をしているのを見かける。
「気になるのか?」
「まあね、ぽっと出の死体あさりが従士になるんだ。やっかみがあって当然さ…。」
ジャックが卵焼きに添えられた豆をフォークで口に運びながら言った。
「もちろん、元死体あさりって話は秘密にするぞ、お前らはご当主の命を救い、暁の傭兵団の団長を打ち取ったフリーの傭兵って話にしている。」
「噓のようなホントの話だな。」
背後から声を掛けられて振り向くと、エドたちと変わらぬメニューの盆を持った従士の一人、イドであった。
「お二人さん、ここの朝食は気に入ったかな?」
「おい、イド、貴様は南地区の担当だろ、何で錬成館に来ているんだ?」
「もちろん、新人君のためさ、武官で顔見知りなのはレイを除いて俺だけだろ。同じ武官どうし仲良くしような。」
イドはジャックの隣に座るとレイの質問に卵焼きをつつきながら答えた。
「よろしく頼みます、先輩どの」
ジャックは笑いながら最後の卵焼きを手掴みで口の中に放り込んだ。
「こらジャック、フォークを使えと言っただろう。」
それを見たレイは眉をひそめる。
「こっちのほうが、上手く感じるんだ。だろうエド?」
「ジャックの言うとおりだ。」
食事の終わりに指を舐めながら答えるエドを見て、レイは気が遠くなりそうになりながら呟いた。
「隊長になるには色々と教育が必要だな…。」