従士へ
「ジャック、今日の売上はどうだ?」
キャンプ地へ戻るとエドとジャックを待ち構えていたのは階級に釣り合わない、立派なフルプレートを身に着けてた中年の男だった。ダン=クレイスト騎士爵、最下級の貴族位であるが相手は貴族、死体あさりとは縁の無いはずの者である。しかし、敵の兵士にとどめを刺されようとしたところ、エドが助けたことから不思議な縁を持ってしまっていた。
ジャックはここが戦場とは思えない、場違いに綺麗なフルプレートをちらりと見る。それはジャックがダンに献上したものだった。
毎度のことながら、お決まりのやり取りが始まると思い溜息をついてエドとダンは顔を見合わす。
「これはこれはクレイスト卿、ご機嫌麗しゅう。」
「うむ、苦しゅうない。さて、今日の売上を見せるのだ。」
ジャックは腰袋から金貨3枚と銀貨4枚を取り出し、ダンに見せる。
「ほう、流石は私の見込んだ者だ。ここまで稼げる死体あさりはおらんぞ。」
それは当たり前だ。他に誰が兵士に混ざって戦争に参加している死体あさりがいるって言うんだ。
ジャックは腸が煮えくり返る思いであったがそれをおくびにも出さないでいた。
相手は貴族の位で一番下位にあたる騎士爵であるが、貴族と平民の間には天と地ほどの身分の差があった。
「では、場所代として貰っていこうか。」
ダンはジャックの手から金貨3枚を摘まむと懐へとしまった。
もちろん、ダンに見せた金額は本来の収入に比べれば10分の1にも満たない金額である。ダンもそれは十分承知している。わざわざ自らキャンプ地まで赴いて金を徴収するのは言わば、この死体あさりは自分の息がかかった者であり、周囲に手を出すなというパフォーマンスの為であった。ジャックはそれも分かってはいるのだが、自分の稼ぎを奪われるのは気に食わなかった。
ここでいつもは終わるはずであったが、今日は続きがあった。
「ここでの戦いも明日で終わる。実は前々から停戦の話はあったのだ。それが今日まで協議が長引いておった。」
「ジャック、この後の身の振り方は決まっているのか?お前とエドには命を救って貰った恩がある。どうだ、今なら二人とも儂の従士に取り立ててやってもよい。」
思わぬ申し出に固まったジャックを見ると、明日の朝、答えを聞かせてくれと帰って行った。
「どうするのジャック?」
エドの不安そうな瞳が見つめてくる。二人は村人であった。しかし、その村もない。頼れる家族もいない。死体あさりは侮蔑の象徴だった。戦が終われば稼げる当てもない。貴族の従士になれば、運が良ければもっと上を目指せる。
「エド、決めたよ。俺はダンについて行こうと思う。お前はどうする?」
「ジャックが行くなら、俺も行くよ。」
こうしてエドとジャックはダン=クレイストの従士となった。これはダンの気まぐれであったが、後にこの判断は間違いではなく、むしろ最善の判断だと気付かされるのであった。
ダン=クレイスト騎士爵領への帰り道、従士筆頭レイ=ベナンは新たに従士として召し上げられたエドとジャックを見て眉をひそめた。その格好がお世辞にも他の兵士よりも劣って見えたからだ。はっきり言ってとても見栄えが悪い。そもそも従士とは長い間騎士爵家に仕えている者のこと、兵士を束ねる立場なのだ。確かにご当主のダン様をお救いした命の恩人には変わりないが、いきなり従士とは他の従士家がなんと言うか。クレイスト騎士爵は先々代のご当主から交易の要衝であるルカナンの街の執政を任されており、他の騎士爵に比べて財力を持っている。自然と従士の格もそれ相応が求められるもの。それに比べ、エドとジャックは農民と猟師だったという。おまけに死体あさりでもあった。いくらクレイスト家は商人からの成り上がりで従士に武人は少なく、レイを含めても5名しかいない。もう2名ほど武人を迎え入れようという話はでていたのだが…。他の文官である7名の従士の反発を思うと頭が痛くなった。
「大将、いくら二人が長剣のエドと双剣のジャックと言えど、今回の戦に参加していない者にとっては誰も知らない名だよ。それをどう文官どもに説明するのさ。」
従士第6位槍使いのイド=ローエルが手綱を操作して、同じく馬に騎乗しているレイと轡を並べる。
「うむむ、それはご当主が説明する話だ。」
3ヶ月も同じ場所で戦っていたら、武功を挙げた者の顔と名はだいたい知れ渡っているものだ。もちろん今も頭を悩ます二人については、二つ名を持つ有名な死体あさりであり、実際に主の命を救ってくれたその武力は申し分のないものである。とは言え、頭の硬い文官たちへの顔合わせはしっかりと準備させてから臨もうとレイは心に決めたのであった。