死体あさり(2)
死体あさりをしているのは大抵、戦や魔獣に襲われ村や家を無くした者たちである。魔獣災害、自然災害、飢饉、戦が頻繫に起こるこの時代、いつ自分がその災厄に襲われるかわからない。
戦場の隅で死体あさりを見つけても、兵士は決して攻撃しない。死体あさりは死体を火葬し、疫病やアンデッドの発生を抑えているからだ。それに死体あさりに身を落とす原因となったのも自分が参加した戦争のせいかもしれないという後ろめたさもあるのかもしれない。
エドとジャックは魔獣に村を襲われ、死体あさりに身を落としたくちだった。この戦場から徒歩で10日程歩いた距離にある農村で産まれ育った。
エノク村、そこがエドとジャックの生まれ故郷であった。人口1000人程の小さな村で、ウルリカ山脈から流れる豊富な水が村の小川を流れ、その水を利用して寒さに強い黒麦を栽培していた。また、村の北側にはクコの森が広がっており、そこから採れる果実や木の実、薬草、獣の肉から生活の糧を得ていた。村人は皆顔見知りの平和な村であった。エドが10歳の誕生日を迎え3月程経った頃、後にウルリカ大災害と呼ばれた魔獣の大暴走はエノク村の他にも多数の村と街を瓦礫に変えた。
エドはその時見た光景を一生忘れることはないだろう。圧倒的な魔獣の力とそれが押し寄せてくる数の暴力を…。
「エド、聞いているか? エド!」
ジャックに肩を叩かれて、エドの意識は現実へと切り替えられた。死体を片付けるという単純作業をしていると、いつもあの大災害を思い出してしまう。
「ここいらの死体も今日中には片付けられそうだな。」
ジャックはエドよりも3歳年上で、猟師の息子だった。身長190センチに届きそうなくらい長身で体もエドより一回り大きい。戦では槍を使うことが多いが、実際は父と猟師をしていた頃から弓を使っており、弓を使えば‘80メートル先の鳥も逃さない腕前を有している。一方、エドは農夫の倅であって森にはあまり詳しくなかった。それに比べ、ジャックは猟師をしている経験から獲物を捕ることもできたし、食べれる野草をたくさん知っており、大災害後の厳しい生活を生きられたのはまさにジャックのおかげであった。村にいたころからの付き合いであったが、エドとジャックはお互いに家族のように信頼していた。
この時エドは15歳、ジャックは18歳であった。
「エド、干し芋食べるか?」
大量の死体を一箇所にまとめた頃、ジャックは一休みにと腰に括り付けていた革袋から数枚の干し芋を取り出すと、死体付近でうずくまっているエドに渡した。
「60人くらいかな?」
「いや、70はいっているだろ。」
二人はそのままあぐらを組むと、目の前に積まれた仕事の成果を満足そうに見つめながら、ぼそぼそと干し芋を齧りだした。口の中の水分を取られる干し芋を腹に流し込むため、エドは水の入った革袋に口を付ける。そのまま獣の匂いがこびりついたぬるい水で流し込んだ。味はまあまあだが、とにかく腹が膨れる。生きていくため、味は二の次であった。
午前中だけでこの死体の数、まさに驚異的な数であった。
「よし、そろそろ焼くか…。」
ジャックは全ての防具が取り外され身軽になった死体の山を見ながら立ち上がり、手頃な位置にある死体の服の端に手を伸ばし、人差し指と親指を擦り合わせる。皮膚が擦り合わせる音が鳴る。
一瞬、何もないジャックの手と死体の服の間の空間に炎の光が煌めくと、薄い服の生地に着火し、十分な肉の油を吸い取り、やがて複数の死体の服に引火し、バチバチと音を鳴らして炎はさらに大きくなる。魔力保有者であれば、誰でも出来る生活魔法の一つである。やがて肉の焼ける匂いとともに、黒炎を上げて煙は空へと消えていく。ここでは見慣れた風景だった。
「おーい、ジャック、景気はどうだい?」
一頭の馬に引かれた馬車がパッカ、パッカとこちらに近づいてきた。幌がけの立派な馬車だ。重いものも運べる頑丈な作りで実際、その荷馬車には沢山の武具が積まれていた。
「お陰様で、大量だよ。」
ジャックは炎の火勢を気にしながらも、御者に向けて手を振った。
「悪いが、良品のみ買い取るよ。最近は鉄の価格が恐ろしく値下げしていて底が見えない。」
「ああ、仕方ないね。」
御者台から降りてきたのは35歳くらいの男であった。名をロベルトという。中肉中背だが筋肉は隆々としており、傭兵と言ったほうが信じられる。とても商人とは思えない人物であった。
エドとジャックはロベルトと協力して死体から貰った傷の少ない剣や槍、盾や鎧を協力して荷台に積込む。
「もうこの戦場も終わりだね。」
ロベルトはやっと街に帰れるとジャックに笑った。彼はここロンダス州で最も大きい規模を誇る州都ロンダルムに店を構えるクレバンス商店の戦場商人であったが、戦場買取商人として、もう3月も街を離れ、武具の買取を行っていた。
「他の武具はどうする?」
エドはロベルトに渡した3倍はある、草むらに並べられた武具を見て腕を組んだ。
「残念だが今は売り物にならないよ。ここに捨てて置こう。他の死体あさりが回収していくさ。」
死体あさりは収入の金額から3つに分けられる。まず、エドやロベルトのように戦闘に参加してその対価として部隊容認で貰う。もちろん手付かずの状態であるので収入は一番高い。次に補給を担う商人たちだ。エドやロベルトたちが持ち帰ることができなかった武具を戦地に補給物品を届けた後、空になった馬車に積んでいく者たちだ。もちろん、売上は商会に所属しているとはいえ個人のものになる。危険な戦場へと荷物を届ける危険手当のようなものだ。これも部隊の、言わば国の公認と言える。最後に残ったものを回収していくのが、非公認である死体あさりで、戦争で家を無くした者、頼るべき親を無くした戦争孤児たちである。彼らは武力が無く、戦いには参加することはできないが、運が良ければ死体に括り付けられた手付かずの金や糧食を得ることができた。戦争と言う名の一大市場、死体あさりとは言え、その市場の一部となっていた。