死体あさり
「お母様、これってなあに」
女性の祈りが長かったためか、さっきまで周囲に咲き誇る美しい草花を見て、夢中になって駆け回っていた少女がいつの間にか女性の傍らに戻っていた。
「これはね、とある戦士様の剣よ。」
女性は元気一杯に成長している姿を見て、改めてこの剣の下で眠る英霊に感謝の祈りを呟いた。
この剣の周りは年中を通して青々とした草花が絶えることはない。まるでこの剣に祝福されているかのように。
それにあやかり、剣に祈りを捧げれば、病気を治してくれるとの言い伝えがあり、女性の一族の間では聖剣と伝えられていた。決して錆びず、劣化しない剣。娘が3歳で高熱が出た時、熱でうなされる娘の為に、剣に祈りを捧げたところ、翌日には熱が下がり病気が治ったのだ。
「せんし?」
「そう、剣を持って戦う人のことよ。」
「この剣の下にはね、その戦士様が眠っているのよ。」
「いい、今から百年程昔はね、剣の時代と呼ばれていてね。今よりもっと大きくて、とても恐ろしい魔獣がいっぱいいたの、そして悲しいことに、国と国が争っていて、戦争が絶えなかったのよ。」
「この剣の持ち主もね、その中で戦った多くの戦士たちの一人だったのよ。」
シャー、シャー
夕陽は戦場の遥か遠くの山脈に隠れ、空に夕焼けと星々、煮炊きの煙が混ざり合う中
エドはあぐらを組み、一人無心で剣を研いでいた。
自分の背丈ほどの長剣をまるでバイオリンを弾くかのうように肩に掛け、弓の代わりに丁度手のひらに収まるくらいのレンガのような砥石を使って音を奏でる。
頬にはその無骨な長剣の3分の1ほどの幅を挟み、眼差しは刃の先を見つめていた。
今日の戦でまた新たな窪みができていた。
ふと、エドの脳裏に騎馬に乗ったフルプレートの騎士を袈裟懸けに切ったときの光景が映し出された。
熱い血しぶきと剣戟の音、自分の心臓の鼓動と柄を力強く握った感触。
エドの鼓動はいつの間にか、早くなっていた。
それらの生々しい熱を帯びた記憶から目を覚ますように、この相棒(剣)から頬に伝わる冷たさがエドを再び現実へと戻していた。
厚み5センチはあろう両刃の直剣はすでに数え切れないほどの傷やへこみができていた。
とでもじゃないが刀のように、容易く相手を斬ることはできないであろう。
それでも、エドはこの相棒を気に入っていた。
折れない、曲がらない、そして鉄の鎧までも切ることのできる剣。
戦場のどこで拾ったのか記憶のかなたに忘れ去られ、まるで産まれた時から傍にあったようにも思えるほど愛着があり、長い時を一緒に過ごしていた。
「おいエド、夕飯が出来たぞ」
ジャックは所々に小さな穴の開いたテントから顔を出し、いつもと変わらないエドの後ろ姿に声を掛けた。
夏も終わり肌寒くなってきた風に吹かれ、ジャックは身震いすると鍋から湯気がでている暖かい焚火のもとに戻って行った。
「飯か…。」
エドは相棒の欠けた部分の周りにあった凹凸”おうとつ”を砥石で削り、平になったことを確認すると長剣を数回振り、剣のバランスと風を切る音に違和感がないことを確かめると満足そうにテントの中に入っていった。
「ほら、飯だ。」
ジャックから渡された木の皿には大麦の粒、乾燥そら豆と根菜が入っていた。
「またいつもの麦粥か…。」
「それは言わないお約束よ、お前さん」
エドの呟きにジャックはおどけてしなをつくる。
とは言うものの、エドはまだ食べることができる分、恵まれていると思っていた。
戦場近くの農村はもっと酷い、国からの徴発で収穫前の僅かな糧をとられ、さらに敵の進行に飲まれると
問答無用の略奪に襲われる。
救いなのが間もなく収穫期に入り、この戦争も休戦となることか…。
自ら木の端から削りだした無骨なスプーンを使い、熱い麦粥をすする。
さっきからジャックのニヤニヤ顔が感に触る。
ん?んん?
少し硬さの残る豆の食感に紛れ、弾力のある食感…。
「これ、乾燥肉か?」
「そうそう、今日相手した連中に乾燥肉を持っていた奴がいてさ、そのまま拝借したんだよ。」
ジャックは笑うがもちろん、相手を殺したうえでの略奪だった。
兵士でも傭兵でもない二人にとって、戦場とは死体から食糧や金を盗る。生きていく糧を得る場所であった。
人はそんな行為をする者を侮蔑を込めてこう呼んだ。
「死体あさり」