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CAT:05 猫待ち小路(キャットウォーク)

 オトノハがともだちとやらを連れて来た翌日は、生憎の雨だった。

 そのあくる日。前日の雨雲はどこへやら、日がしっかり顔を出したのを確かめて、アタシは胸に秘めた計画を実行に移すことにした。

 ニンゲンどもの朝は、相変わらず忙しい。オトノハはもちろん、ナユキもアタシの飯を用意した後は、アタシがどこで何をしていようが、ほとんど気に留めていない。外出しているときでさえ、昼頃までいないことにすら気付いていないんじゃないか、と思う節さえある。

 アタシは、そんな放ったらかしの状態を、最大限に利用する。

 この日、いつもより素早く朝飯を済ませたアタシは、脚を忍ばせて玄関へ向かった。シャッターの下りているクスザワショウテンの真ん前に陣取り、身体を丸めて、そのときを待つ。

 準備を終えたオトノハが、元気よく玄関から飛び出してきた。シャッターの昇降部は少し奥まっていて、玄関からは見えない空間がある。そこで丸まるアタシの姿は、オトノハからはほとんど見えない。

 適度な距離を開けて、オトノハを追う。アイツは何も気付かず、何やら歌いながら歩いている。もとより気付かれるなどと思っちゃいない。あのオトノハに見つけられるようなら、アタシは今日を限りで猫をやめる。

 同じ格好をしたメスが駆け寄ってきた。アタシはもう少し距離を取り、道路ではなく塀の上を歩くことにする。先に進むにつれ、同じような服の小さいニンゲンどもは次々増えて、オトノハの周りには群れができていた。

 こいつらが皆ともだちというヤツらだろうか、と思った。が、どうもそうではないように思う。ヤツらは、どうやらいくつかの集団に分かれているようで、オトノハのいる集団は、数えてみたら七人いた。その中には、この間オトノハが連れて来たメスはいない。

 見ていてわかったことがある。目の前で群れている、小さなニンゲンたち。だがその中では、オトノハはかなり大きい方だ、ということだ。

 オトノハよりも大きいヤツはいる。だがそいつらは、どうやらオトノハより三つか四つ、年が上のニンゲンであるらしい。だが同じくらいの年のニンゲンの中では、オトノハは縦にも横にも一回りでかい。

 オトノハはうるさい。小さいニンゲンは総じてうるさく、いつでも喋ったり叫んだりしていて、黙っているということがない。そういうものだと、思っていた。でもどうやら、違ったようだ。

 同じ方向に歩きながら、ニンゲンどもは喋っている。だがその中で特別でかく、しかも途切れることがない騒音の出所はどこだと探してみたら、うちのバカメスだった。

 小さいニンゲンどもが総じてうるさい、という認識はそう間違ったものでもなさそうだ。が、それでもうちのアレは特別製の部類に入る、らしい。

 オトノハは止まらない。常に手足のどこかが動いている。歩いているのだから当たり前だ、と言われそうだが、そういうことじゃない。歩きながら喋る間に、身振り手振り、身体のどこかを振り回しまくっている。そのうち転んで痛い目を見ればいいと思う。

 まあそんな感じで、集団の中でも特に目立っているのがオトノハだった。

 オトノハがニンゲンのルールの中でどういう扱いになるのか。それはアタシにはわからない。だが、一つだけいえることがある。

 少なくともこの集団の中で、オトノハは強者だ、ということだ。

 たとえどんなものであれ、集団ができればその中で主導権を握るものと、それに追従するものが現れる。なぜかは知らないが、どうしたって、それはできる。そうなっている。各々が自由気ままに生きたい、アタシたち猫の場合だって、それは変わらない。圧倒的な力を持つデブレディ・ファッティーが一匹いれば、そいつが主導権を握り、あとのヤツらはいつの間にやら追従しはじめるのだ。そうして強者と弱者と、集団はその内部で、さらに二つに分裂してゆく。

 そして大抵は、どちらか片方の体験だけを持ったまま、おとなになる。ニンゲンたちも。アタシたちも。

 オトノハはデブ猫(レディ・ファッティー)になれる。強者の側でいられる。アタシは、そう感じた。何もなければ、きっとそうなるだろう。

 ニンゲンたちが、集まってきた。到着したのだ。

 でかい建物だった。クスザワショウテンと家を合わせたよりも、ジンジャよりもまだでかい。その威容を見上げながら、アタシは正直驚いていた。

 これが、ガッコウか。

 オトノハの通うガッコウというやつを、一度見てやろう。それが、今日の目的の一つだった。だが、ガッコウがこれほど大きなものだとは、想像していなかったのだ。

 遠くに見える、高い高い白っぽい建物の周りを、アタシでもひと飛びでは乗り越えられなさそうな塀が取り巻いている。そうして正面に、一本道から続く先に、出入り口と思しき塀の切れ目がある。そこに同じ格好の小さいニンゲンたちが、集まり、次々吸い込まれていく。オトノハの姿も、塀の向こうへ歩き去り、見えなくなった。

 これをニンゲンがつくったのならば、大したものかもしれない。アタシはヤツらを見直すことにした。ほんの少しだけだが。


 誰もいなくなったのを見計らって、アタシはガッコウへ侵入を果たした。入ってすぐはだだっ広い空き地になっていたが、塀に沿うようにして木が植えられていたので、その幹に身を隠した。

 樹木の陰を伝うようにして移動する。なぜだかわからないが、見つかれば厄介なことになる。アタシの感覚はそう告げている。だから、ニンゲンの視線を感じないかどうか、気を配った。

 遠回りをして、ようやく建物に近付く。ガラスとやらでつくられた窓とかいうのが何段にもなって、横に並んでいた。

 段差を利用して登る。窓の下側に、細い足場がある。ニンゲンが、ひとりようやく通れるくらいの幅だ。だが、アタシにとっては動き回るのに充分な空間だった。

 足場を伝い、窓の傍まで行く。中を覗くと、信じられない数のニンゲンがいた。隣を覗く。さらに隣。どこを覗き込んでも、同じ。深淵がアタシを覗き返している。

 この中からオトノハを探すのは無理だ、と悟った。

 建物から木へ。木から塀へ飛び移る。そのまま塀の上を歩いて、出入り口に戻った。

 出入り口は、鉄の柵で塞がれている。構わず、手近の木にまた飛び移って、身体を丸めた。

 ここで出てくるのを待ったほうがいい。そう思ったのだ。

 眠っていても、感覚を向けていれば、必ず気付く。アタシたちは、そういうふうになっている。

 そして、もしもデブ猫(レディ・ファッティー)の臭いがしたなら。絶対見逃す、もとい、嗅ぎ逃すはずがなかった。

 自分の毛皮に顔を埋める。木陰と、伸びた枝がつくり出した風の通り道が、心地いい空間をつくってくれる。

 何かを引き摺るような音がした。目を開けると、大きなニンゲンが、出入り口を閉じていた鉄柵を引き摺っている。見上げてみれば、空の色が変わっていた。

 アタシの鼻に、感じがあった。

 身体を持ち上げ、大きく伸びをする。小さなニンゲンたちが行き交う、出入り口を見下ろす。標的は、すぐに見つかった。

 頭を大きく二度振る。まだ少しぼやけた己に、活を入れる。橙色の空に向かって、ひと鳴き。

 起きろ、グレイシー。狩りの時間だ。


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