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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第三章~白菊~
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花火の当日④

「ああ、お腹いっぱい!」

 子どもが嬉しそうに笑うと、火消しの男が呆れた表情を浮かべた。

「まぁ、それだけ食べればな……。花火じゃなくて、屋台が目当てだったんだろ」

 火消しの男の言葉を聞き、子どもは頬を膨らませた。

「違うよ! 花火が見たくて来たの! そろそろ始まるかな?」

 子どもは空を見上げた。

「暗くなってきたし、そろそろじゃないか?」

 火消しの男も同じように空を見上げた。


 叡正は二人を見て微笑むと、辺りを見回す。

 屋台の提灯があるため明るく見えているが、辺りはすっかり暗くなっていた。

 夕方のときよりも一段と人が増え、少し前までは人混みをかき分けて進むことができていたが、もう今は見動きすることすら難しい状態だった。

「ねぇ、肩車してよ」

 子どもが叡正を見上げて服の袖を引っ張った。

「え!? 俺!?」

 叡正は目を丸くする。

「うん! この中だったらお兄さんが一番背が高いから」

 子どもはにっこりと微笑む。


(俺、肩車とかしたことないけど……)

 叡正は助けを求めるように火消しを見たが、男たちは微笑むとゆっくりと視線をそらした。

「ねぇ、肩車!」

 子どもは叡正の手をとって揺すった。

(やるしかないのか……)

 叡正はため息をつくと、諦めて身を屈めた。

「やったぁ!」

 子どもは嬉しそうに叡正の肩に座った。

(重っ……!)

 叡正は子どもを落とさないように足を掴み、ゆっくりと立ち上がる。

「うわぁ、すごい高い高い! これでよく見えるよ!」

 子どもが嬉しそうに足をバタバタと動かす。

「お、おい! 足動かすな! 落ちるぞ」

 叡正が慌てて子どもに言った。

「は~い、ごめんなさい」

 子どもは悪びれる様子もなく言うと、辺りをキョロキョロと見回した。


「あ!」

 子どもが声を上げる。

「どうした?」

 火消しの男が子どもを見上げた。

「今日おじさんと一緒に仕事だった火消しの人があっちにいた!」

 子どもは遠くの方を指さして言った。

「ああ、お頭が間に合ったのか」

 火消しの男が微笑む。

「ん~、でもおじさんはいないような……」

 子どもは目を細めて、新助の姿を探した。

「うん、やっぱりいない! それになんか……火消しの人、怖い顔してるよ……」

「怖い顔?」


 叡正がそう呟いた瞬間、空が明るくなった。

 その直後にドンという大きな音が響き渡る。

 叡正が視線を動かすと、夜空に大輪の花が咲いていた。

 夜空に一瞬で菊の花が描き出され、緩やかに消えていく。

 観衆から歓声が上がった。


「やっぱり綺麗だな……」

 叡正がそう呟くと、子どもが叡正の頭を両手で揺すった。

「なんだ?? どうした??」

 急に頭を揺すられて叡正が、慌てて子どもを見上げる。

 子どもは不安げな顔で叡正を見た。

「さっき、向こうにいた火消しの人と目が合ったんだけど……なんか言ってた……。聞こえなかったけど……。なんかすごい怖い顔してる……」


 叡正は隣にいた火消しの男と顔を見合わせた。

「何か緊急事態なんじゃないのか? 近くで火事があったとか……」

 叡正がそう言うと、火消しの男も頷いた。

「とりあえず、合流しよう。おい、今どのあたりにいる?」

 火消しの男は子どもを見上げて聞いた。

「あっち!」

 子どもは川や屋台から離れた方を指さした。

 叡正と火消しの男たちは、人混みをかき分けてそちらに向かって進む。

 一度花火が上がると次の花火までしばらく時間がかかるため、観衆も見やすい場所で花火を観ようと続々と移動し始めていた。

 観衆は川に向かって進んでいたため、叡正たちは流れに逆らって進むかたちになった。

 叡正は子どもを肩車したまま、なんとか前に進んでいく。

 火消しの男たちが前を歩いて誘導してくれているため、叡正も人の波にのまれることなく歩くことができていた。


「もうちょっとだよ!」

 しばらく歩き続けると子どもが叡正に言った。

「あの人……ずっと何か言ってる……」

 子どもが呟く。

「なんだろう……まだ全然聞こえないけど……」

 叡正は子どもの言葉を聞きながら、人混みを避けて前に進む。

「い、かな……? ……え、かな? け? ……」

 子どもは近づいてきた火消しの口元を見て、何を言っているのか読み取ろうとしていた。

「い、え、お? ……あ! ……にげろ……?」


「え……?」

 叡正が首を傾けて子どもを見上げた瞬間、空がまぶしいほどに明るくなった。

 その瞬間、叡正の耳にも火消しの男の声が聞こえた。

「……逃げろ!!!」

 いくつもの爆発音が響き、歓声は一瞬にして悲鳴に変わった。

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