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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第三章~白菊~
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花火の前日②

「おまえ……また何しに来たんだ……?」

 叡正が長屋の戸を叩くと、予想通り怪訝な顔で新助が戸を開けた。

(まぁ、当然の反応だよな……)

 叡正は手短に用件だけ伝えようと決意した。

「その……昨日の謝罪に来ただけなんだ……。昨日は本当に申し訳なかった。信の……一緒に来た男の態度も謝罪したくて……」

「まぁ、いいや。とりあえず入れ」

 新助は叡正の言葉が終わる前に、そう言うと叡正に背を向けた。

 叡正が慌てて一歩前に出る。

「あ、いや、俺はここで大丈夫だか……」

「おまえには聞きたいこともある」

 新助は少しだけ振り返ってそう言うと、長屋の奥に入っていった。

 叡正はしばらく躊躇していたが、ここで立っていても迷惑だと思い直し長屋の中に入った。


「お兄さん、また来たの?」

 座敷で寝転がっていた子どもが叡正を見ると、体を起こし声を上げた。

「ああ……。何度もすまない……」

 叡正は苦笑した。

 新助は座敷に腰を下ろすとあぐらをかいた。

「まぁ、そのへんに座れ。もうすぐ仕事に出なきゃならねぇからちょっとしか時間はないが」

「ああ、すまない……」

 叡正は言われたとおりに、座敷の隅に腰を下ろした。

「その、昨日はすまなかった。一緒に来た男も……」

「それはもういい。それより、恭一を嵌めた男について知りたい。花火売りの男と同じ男かもしれないっていうのはどういうことだ?」

 新助は腕組みをしながら、叡正を見た。

「それは……俺にもよくわからないんだ……」

 叡正は目を伏せる。

 なぜ花火売りの男が恭一郎が火をつけたと嘘の証言したのか、それは叡正も昨日からずっと考えていることだった。

「信は……何かわかってるのかもしれないが、俺には……」

 叡正の言葉に、新助は眉をひそめる。

「なんであの男がわかるんだ?」

「あ、いや……確かではないんだが……。あの二人はいろいろよくわからないから……」

 叡正は何と言っていいかわからず苦笑した。

「あの二人?」

 新助は眉をひそめたまま首を傾げる。

「ああ、信と咲耶太夫だ」

「咲耶太夫? なんだ? どういうことだ?」

 新助の眉間の皺がますます深くなる。

「えっと……、俺もよくわからないんだが……。おそらくあの二人は今回の件で何か調べている……と思う」

 新助はさっぱりわからないという顔で叡正を見つめている。

(まぁ、わからないよな……。俺もよくわからないし……)

 叡正は申し訳ない気持ちになりながら新助を見つめ返す。


 新助は目を閉じて、ため息をついた。

「一体何がどうなってるんだ……。恭一があの子どもを庇って何も言わなかったのはわかった。ただ、火盗に証言した男っていうのは一体何なんだ? もし嵌められたのなら、死んだのも何か理由があったんじゃねぇかって……」

 新助の言葉に、叡正が目を見開く。

「え……長屋に取り残された人を助けるために火の中に飛び込んだんじゃ……」

 叡正がそう言うと、新助は珍しく自信なさそうに目を伏せた。

「それは……そうなんだが……。恭一は、普段なら軽率に火の中に飛び込むようなやつじゃねぇんだ……。火付けのことで誰かに嵌められてたんなら、もしかして死んだのも何か別の理由があったのかって思っちまって……」

 叡正は何も言えずに新助を見つめた。

「まぁ、そんなこと今さらわかったところで、どうなるわけでもねぇけどな……」

 新助は苦笑する。


 叡正は新助を見つめて、口を開く。

「本当に……汚名は晴らさなくてもいいのか……?」

 新助は一度だけ叡正を見ると、すぐに目を伏せた。

「ああ。恭一が最期まで何も言わなかったんだ……。あの子どもを火盗に突き出して汚名を晴らすことをあいつが望んでるとは思えねぇ。癪だが、最初に咲耶太夫が言ってたことが正しい……。俺にも何も言わなかったことを暴いてほしいとは思ってないだろうよ……」

 新助はため息をついた。

「……組は大丈夫なのか……?」

「……まぁ、なんとかなるだろう。人の噂もなんとやらだ……」

「そうか……」

 叡正は目を伏せた。


 二人のあいだに沈黙が訪れたとき、叡正は思い出した。

(あ、花火のこと言わないと……)

 叡正は新助の顔を見る。

 新助はどこか悲しげな表情を浮かべていた。

 とても花火に誘える雰囲気ではない。

(い、言い出しにくいな……。とりあえず、やんわり聞いてみるか……)

「と、ところで……明日は花火だな……」

 叡正は覚悟を決めて話しを切り出す。

「え! 花火!?」

 口を開いたのは新助ではなく、先ほどまでつまらなさそうに話しを聞いていた子どもの方だった。

「明日、花火なの!? え、行きたい行きたい!」

 子どもは勢いよく立ち上がると、新助の肩を揺すった。

「ああ、明日か……」

 新助は子どもを見ながら呟いた。

「俺は明日夕方まで鳶の仕事があるから、それが片付いてからなら……」

「え―! ヤダよ! 屋台はもっと早くから出るんだから、早く行きたい!!」

 子どもは激しく首を横に振った。

「そんなこと言ったって……」

 新助が困り果てたように呟く。

「よかったら、俺が連れていこうか!?」

 叡正はここぞとばかりに大きな声で言った。

「え、おまえが??」

「ああ、ちょうど隅田川に用事があるんだ!」

「隅田川に用事ってなんだよ……。おまえはそれでいいのか?」

 新助は子どもの方を見て聞いた。

 子どもはじーっと叡正を見た後、にっこりと笑う。

「行ければ誰とでもいい!」

「はいはい、そうかよ……。じゃあ、頼むわ。でも、こいつも我儘だしちょっと心配だから、仕事のない組のやつらも一緒に行かせることにするよ。ほら、昨日ここにいたあいつ、あいつの現場は明日何もないはずだから……ってなんでおまえ涙目なんだ……?」


 叡正は気まずくならずに火消したちを呼べたことに、ただただ喜んでいた。

「い、いや、なんでもない……。じゃあ、明日昼過ぎにここに来たらいいか?」

「ああ、そうしてくれ。組のやつらには俺から言っておくから」

 叡正は涙目で子どもを見た。

(ありがとう……。本当にありがとう……。明日は買える範囲で何でも買ってやるから……)

 子どもは叡正の熱い視線に気がつくと、新助の方を見て微笑んだ。

「このお兄さん、カッコいいけど何か変わってるね」

 新助は苦笑した。

「おまえに普通の感覚があってよかったよ。変なやつにはくれぐれもついていくなよ」

「うん、わかった!」

 二人のやりとりは当然叡正の耳にも届いていたが、そんな言葉も気にならないほど叡正は心底ホッとしていた。

(本当によかった……)

 叡正はひとり目を閉じて何度も頷いた。

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