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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第三章~白菊~
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花火の前日①

「父は明日の夕方に帰ってくる予定になっています」

 大文字屋を訪れた信は、店先で出会った利一に父親の不在を告げられた。

「何か急ぎのご用でしたか?」

 利一は申し訳なさそうに信を見上げた。

「ああ。どこに行ったかわかるか?」

 信の言葉に、利一は首を横に振った。

「父はどこに行くかいつも誰にも言わないので……」

 信は静かに利一を見つめた。

「そうか。それなら明日の夕方また来る」

 信はそれだけ言うと、利一に背を向けて歩き出した。


「あ、あの……!」

 利一が信を呼び止める。

「あの……、僕はこれから……どうしたらいいのでしょうか……?」

 利一は縋るように信を見つめていた。


「好きにしたらいい」

 信は少しだけ振り返ると、淡々とした口調で言った。

「自分が後悔しない道なら、それでいい」

 信はそれだけ言うと、利一に再び背を向けて去っていった。


「後悔しない、か……」

 利一は目を伏せた。

 それから利一は店の使用人に声をかけられるまで、その場から一歩も動けなかった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 通りを歩いていた叡正は、こちらに向かって歩いてくる薄茶色の髪の男に目を留めた。

(あれは……信か……?)

 叡正は目を凝らす。

 男は視線に気づいたのか、薄茶色の目を叡正に向けた。

(やっぱり信か……。なんであっちから来たんだ? あいつの住んでる長屋ってあっちの方じゃなかったよな……)

 叡正が考えながら歩いていると、信が叡正の前で立ち止まった。

「おまえ、明日は暇か?」

 信が唐突に口を開いた。

「……へ?」

 思いがけない信の言葉に、叡正は言葉に詰まった。

「明日の夕方は暇か?」

 信がもう一度繰り返す。

「えっと……明日の夕方は……法要とかは特にないが……」

「それなら、明日は隅田川に行け」

「隅田川? ……ああ、両国の川開きか……。え……どうしてだ?」

「できれば火消しと一緒に」

「火消しと?? え、なんで……」

 叡正は目を丸くする。

 なぜそんなことを言われるのか、まったくわからなかった。

「何もなければそれでいい。何かあれば……おまえのできることをしろ」

 信はそれだけ言うと、叡正の横を通り抜けて歩いていった。

「え!? ちょっ……どういう……」

 叡正が慌てて信を振り返ると、信も足を止めて叡正を振り返った。

「ああ、言い忘れた……。気をつけろよ」

 信は無表情でそれだけ言うと、また背を向けて歩いていった。


「……は??」

 叡正は困惑した状態のまま、ただ信の背中を見ていた。

(なんで両国の川開きに? しかも火消しと?? 気をつけろってどういう意味だ……?)

 叡正はしばらく立ち尽くしていたが、やがて考えるのを止めて再び歩き始めた。

(まぁ、隅田川に行くのはいいが、火消しと一緒にっていうのは……)

 叡正は今、新助の住む長屋に向かっていた。

 先日のことを謝るつもりでここまで歩いてきていたが、両国の川開きに誘うというよくわからない用事もできてしまった。

 叡正はため息をつく。

(俺が火消しを花火に誘うなんて絶対変に思われるだろう……)

 もともと軽かったわけではない足取りが、ますます重くなった気がした。

(火消しと……ってなんだ? 火事でも起きるのか?)

 舟の上からのろし花火も上がるため、多少の火の粉が飛ぶことはあるかもしれないが、そこから大きな火事になることは考えにくかった。

 両国の川開きは川沿いの開けた場所で行われる。火事の心配が少ないからこそ、一年に一度の花火の場所として選ばれているのだ。

「まぁ、とりあえず……言われた通りにするか……」

 叡正はそう呟くと、重い足取りで新助のいる長屋に向かった。

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