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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第三章~白菊~
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死の当日〜裏〜

 恭一郎の背中を見送った男は、目を閉じてゆっくりと深呼吸すると天を仰いだ。

「ああ、ヤバかった……。俺としたことが……この場で()っちまいそうだった……」

(夜とはいえ、こんな大通りで殺すのはさすがにマズいだろ……)

 男は握りしめていたこぶしをゆっくりと開く。

 手のひらは爪が食い込んで血だらけになっていた。

 男はため息をつくと、懐から布を取り出してそっと血を拭きとる。

「まったく何なんだあの男は……」

 男は舌打ちした。

「おかげで計画がぐちゃぐちゃだ……」

(あいつ、なんで子どものこと言わなかったんだよ……。見たはずだろ。逃げ出した子どもの顔……)

「あ、ヤバい……。またイライラしてきたな……」

 男はもう一度深呼吸した。


「はぁ、これからどうするかな……。また元の筋書きに戻すしかねぇか……」

 子どもが疑われ始めてから大文字屋を脅す計画だったが、恭一郎が何も証言しなかったため男の計画は想定よりもかなり遅れていた。

「まさかこの状況で断るとは……」

 男はその場にしゃがみ込んだ。

 や組が火をつけて回っているという噂を流したのは男自身だった。

 計画の遅れもあり、予定を変更して組の汚名を晴らすことをエサに恭一郎に動いてもらうつもりだったが、まったく乗ってこないどころか逆にいろいろと勘づかれてしまった。

「余計な手間が増えただけじゃねぇか……。どこまでも邪魔なやつだな……」

 男は苦々しげにまた舌打ちした。

(いつ殺すかだな……遅くなると誰かに話す可能性が出てくるし……)

 男はため息をつくと、ゆっくりと立ち上がる。

「まぁ、早い方がいいよな……。ああ、面倒くせぇ……」

 男は半鐘の音を聞きながら、ゆっくりと恭一郎の後を追った。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「あれ、もしかして死んだ?」

 男は燃えて崩れた長屋を見ながら、拍子抜けした顔で呟く。

 崩れた長屋の前には、火消しと思われる男が呆然と立ち尽くしていた。

(さっき、まだ中にいるとかなんとか言ってたし、死んでくれたってことだよな)

「なんだ、手間が省けたな」

 男は嬉しそうに笑った。

(あ、ヤバいヤバい。燃えてる長屋の前で笑ってる男なんて、変に印象に残っちまう)

 男は慌てて顔をひきしめた。

「じゃあ、時間もあんまりないし、次に行くとするか……」

 男はまだ燃え続けている長屋を背にして、本来の計画を進めるために次の目的地へと向かった。



 

 しばらく歩き続けた男は、目的の場所に着くと空を見た。

 東の空が赤くなり始めている。

(思ったより時間がかかったな……)

 男は立派な佇まいの店を見つめた。

(さすがに燃えにくいように土蔵づくりになってるな……。まぁ、あいつの言ってた通りか……)

 男は店の横から裏手に回り込むと、店主が住んでいる建物に向かう。

「このへんでいいかな……」

 男はそう呟くと、大きく息を吸い込んだ。

「火事だ―!!! 店に火がついたぞ!!」

 男は声を張り上げると、急いで外に駆け出した。


 通りを挟んだ長屋の陰から、息をひそめて店の様子を伺う。

 しばらくすると使用人と思われる男たちがぞろぞろと店に現れた。

 バタバタと行ったり来たりを繰り返していたが、やがて店に異変がないことが確認できたのか、顔を見合わせて首を傾げている。

(そろそろ出てきてもいい頃なんだがな……)

 男がしばらく様子を伺っていると、ひとりの男が店先に現れた。

 使用人たちと話していた男は、しばらくすると使用人たちに下がるように言ったのか店にひとりになる。

(頃合いか……)

 男はなるべく気配を消して、店にいる男に背後から近づいた。

 店の戸を強めに叩き、声をかける。

「大文字屋さん」

 大文字屋と呼ばれた男は、ビクリと肩を震わせて振り返る。

 男は得意の笑顔を浮かべ、ぺこりと頭を下げた。

 大文字屋は一瞬怪訝な顔をしたが、急いで戸を開ける。

 さすがに商売人ということもあり、男を前にすると大文字屋はすぐに笑顔をつくった。

「えっと……、どちら様でしたか?」

 男はにんまりと笑う。


「僕は、あなたの息子さんの秘密を知っている者です」


 大文字屋の顔から一気に血の気が引いていく。

 かろうじて笑顔は浮かべたままだったが、その顔も引きつっているのがわかる。

(あ~あ、やっぱり先に息子が話してたか……。こういうことがあるから早めに動きたかったんだよなぁ……。まぁ、息子の罪を隠そうとしてたみたいだから、展開としては悪くないか……)

 男は満足げに微笑んだ。

「僕のお願い、聞いてくれませんか?」

(よかったよ、あんたは素直に聞いてくれそうで)

 真っ青になった大文字屋の顔を見ながら、男は妖しげに笑った。

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