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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第三章~白菊~
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一ヶ月前〜火付けの長屋〜

 夕暮れ時、笠を被った男が通りに立っていた。

「おじさん、花火ちょうだい!」

 男は手持ち花火の入った箱を首から下げていた。

 三人の子どもたちが、笠を被った男を取り囲む。

 男を見上げる目は、嬉しそうに輝いていた。

 男は微笑むとその場にしゃがみ、手持ち花火の入った箱を差し出す。

「はいよ。どれがいい?」

 三人の子どもは、競い合うように花火に手を伸ばした。

「ダメだよ。一本しか買えないんだから俺が選ぶんだ!」

「私がもらったお小遣いなのに、なんでお兄ちゃんが選ぶのよ! 私が選ぶ」

「僕も選びたい!」


 三人が言い合いを始めると、男は笑った。

「まぁまぁ、今日は特別だ。一本分のお金で三本あげるから。みんなで仲良く花火しな」

 男の言葉に、子どもたちは目を丸くする。

「ホ、ホントに!?」

「いいの!? じゃあ、私これがいい!」

「え、じゃあ、僕はこれで」

 三人はそれぞれ気に入った花火を手にすると、一本分のお金を男に渡した。


「おじさん、ありがとう!」

「よかったね!」

「うん! おじさん、またね!」

 三人はそう言うと、また競い合うように駆け出していった。


「はいはい、毎度あり」

 男はお金を懐にしまうと、ゆっくりと立ち上がった。

「さぁ~てと……」

 男は辺りを見回す。

 少し離れたところで、男の方をチラチラと見ている少年が目に入った。


「見ぃ~つけた」

 男は微笑むと、少年に近づいていく。

「君も花火がほしいのかな?」

 男は手を笠に添え、深く被り直した。

「え、いや……僕は……」


「あ、そうか。お家の人にダメって言われてるのかな? でも、大丈夫だよ。みんなこっそりやってるもんだ」

「いや……でも僕、お金も……」

 男はにやりと笑った。

「いいんだよ。今回は特別にタダであげよう。次会ったときに、お金を払って買ってくれればいいからさ」

「そんな……! でも……いいんですか……?」

「もちろんいいさ! まずは花火の魅力を知ってもらうのが大事だからね」

 男はそう言うと、箱から一本の花火を少年に渡した。

「本当に……?」

 少年はためらいがちに男を見た。

「気にしなくていい。ほら、火打石とろうそくも貸してあげよう」

 男は箱の中から火打石とろうそくを出すと、少年に渡した。

「……ありがとうございます」

 男は少年の頭をなでた。

 そして、何かに気づいたように大げさに声を上げる。

「ああ! そうか! どこでやったらいいかわからないか!」

 男はそう言うと少年に顔を近づけた。

「おじさんがとっておきの場所を教えてあげよう。でも、くれぐれも……気をつけて遊ぶんだよ」

 男の目元は笠の影になって見えなかったが、口元には薄っすらと笑みが浮かんでいた。


「あ、ありがとうございます……」

 少年は戸惑いながら礼を言った。

 男は少年を案内するため、背を向けると低く呟く。

「ああ、いいんだ。むしろこっちがお礼を言いたいくらいだよ」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 鳶の仕事を終えた恭一郎は大工の親方に呼ばれ、ひとり親方の住む長屋を訪ねていた。

 行ってみれば突然娘を紹介され、訳のわからないまま縁組がまとまりそうになったため、恭一郎は慌てて理由をつけて飛び出してきたのだ。


(本当に勘弁してほしいな……)

 長く引き留められていたため、すでに日は暮れ始めていた。

 姿絵が出て顔が売れてから、こういった話は異常なほど増えている。

(こんなことを望んでたわけじゃないんだが……)

 そんなことを考えながら歩いていた恭一郎は、ふと何かが焦げる臭いを感じて足を止めた。


(花火……か……?)


 恭一郎が辺りを見回していると、突然路地から誰かが飛び出してきた。

 避ける間もなく、勢いよく恭一郎に誰かがぶつかる。

 恭一郎にたいした衝撃はなかったが、ぶつかった誰かはその場に尻もちをついた。


 まだ十くらいの子どもだった。

「おい、大丈夫か?」

 子どもの顔は真っ青だった。

 子どもは何かを伝えたいのか、わずかに口を開けたがいくら待っても言葉は出てこなかった。

「おい、どうした……?」

 恭一郎が手を差し出す。

 その瞬間、子どもはギュッと目を閉じて突然立ち上がると、恭一郎を見ることなく走り去っていった。


「何だったんだ……?」

 恭一郎は子どもの姿が見えなくなると、路地に目を向ける。

 そちらからゆっくりと灰色の煙が漂ってきていた。

(火事か!?)

 恭一郎が慌てて路地を進んでいくと、そこにはパチパチと音を立てて燃える長屋があった。

(おいおい、いつから燃えてたんだ……)

 燃え始めたばかりのように見えたが、その割には火の勢いは激しすぎる気がした。

(かすかに油の臭いがするな……火付けなのか……。とにかく急いでみんなに知らせて……)

 恭一郎が声を上げようとしたとき、長屋のそばで花火のようなものが燃え残っているのが目に入った。


 恭一郎は目を見開く。

(あの子……なのか……。いや、でもこの油は……)

 恭一郎は頭を横に振った。

(何にしても、まずはみんなの避難が先だ!)

「火事だ! おい! みんな火事だぞ! 今すぐ避難しろ!!」

 恭一郎は叫びながら、走り出した。



 遠くから一部始終を見ていた男はため息をついた。

「あらあら、これはちょっと想定外だなぁ……」

 男は額に手を当てて苦笑する。

「まぁ、いっか。これはこれで面白くできそうだし……」

 男は広がっていく炎を見つめて薄く微笑むと、身を翻して細い路地に消えていった。

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