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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第三章~白菊~
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三年前〜火消しの長屋〜

「本当に俺が組頭でいいのか?」

 新助は恭一郎を見た。

「俺よりおまえの方が適任なんじゃねぇか?」

 次のや組の組頭は、新助か恭一郎のどちらかという話しは以前からあったが、今回恭一郎は新助を推薦した。


 恭一郎は食事の支度をしていたため、振り返らずに答える。

「いや、組頭は現場の指揮だけじゃなく、火消しを鼓舞する役割もある。おまえの方が合ってるよ。それに……」

 恭一郎は新助の方を振り返った。

「俺が組頭になったら二番手のおまえがずっと纏持ちだろ? おまえみたいなのが纏持ちになったらすぐ焼け死ぬことになるからな。そういう意味でもおまえが組頭になるべきだ」

「そんなヘマするはずないだろ? 今だって生きてるんだから」

 新助は自慢げに笑った。

「おまえが生きてるのは、俺が死なないように神経擦り減らして指揮してるからだ」

 恭一郎は新助を睨んだ。

「まぁ、とにかく組頭はおまえでいい。纏持ちは俺がやるから」

 恭一郎はそう言うと、お椀にご飯をよそい新助の横を通り抜けて、食卓に並べた。

 新助も恭一郎の後を追って食卓に向かう。


「……じゃあ、交代でやるのはどうだ?」

「は……?」

 新助の言葉に恭一郎は怪訝な顔をした。

「名目上ひとりじゃなきゃいけねぇなら、とりあえず俺でもいいが、実際おまえが指揮した方がいい現場もあるだろ? 状況に応じて頭の役割は交代してもいいんじゃねぇか?」

 新助は恭一郎の顔を真っすぐに見て言った。


 恭一郎はしばらく思案した後、口を開く。

「まぁ、みんながそれでいいっていうなら俺はいいが……。ただ、基本的には俺が纏持ちだからな。おまえは組頭としての自覚を持って行動しろよ」

「なんだよ、自覚って。組頭として品行方正にって?」

 新助は笑いながら恭一郎を見た。

「違う」

 恭一郎は真っ直ぐに新助を見る。

「自分は絶対に死んじゃいけないって心に刻め」


 恭一郎の言葉に新助は目を見開く。

「そ、そんなの当たり前だろ……」

「その当たり前ができてないから言ってるんだ。組頭がいなくなった組がどうなるか、おまえも源さんのときでよくわかってるだろ? だから、おまえは絶対に死ぬな。それは今ここで誓え」

「何なんだよ……突然……」

「いいから、さっさと誓え」

 新助はしばらく呆気にとられていたが、諦めたようにため息をついた。


「わかったよ。誓う、誓う。何なんだよ、本当に……。そのかわりおまえも約束しろよ、死なないって。少なくとも、火事で誰も死なないって世の中が実現できるまで」

「俺はおまえとは違うんだ。自分の身は自分で守れる」

「じゃあ、約束するんだな?」

「ああ。もちろん」

 顔を近づけて言い合っていた二人は、そこで同時にため息をついた。


「さっさと食おう。冷めちまう。おまえがくだらないこと言うから……」

「くだらない?」

 恭一郎の刺すような視線が新助に向けられる。

「いや、嘘、嘘! メシが冷めるってマジになるなよ……」

「ふん……」

 恭一郎は鼻を鳴らすと、箸を手に取った。

「まったく面倒臭いやつだな……」

 新助は恭一郎に聞こえないように小声で呟くと、急いでご飯をかき込んだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 二人で頭の役割を果たすようになってひと月ほど経った頃、二人が描かれた姿絵が売られるようになった。

 そこに書かれていた言葉に新助は絶句する。

 二人の姿が描かれた横に『双頭の龍』という文字があった。


「な、なんで……。最近お揃いなんていじられてなかったのに……」

 源次郎の代の火消しは、この仕事からすでに引退したものが多く、新助と恭一郎の背中の刺青が同じであることを指摘するものは最近は誰もいなかった。


「お揃い? お頭何言ってるんですか?」

 姿絵を持ってきた若い火消しは不思議そうに首を傾げた。

「二人の頭だから、双頭なんでしょ? 龍は火消しの象徴ですし」


 新助は若い火消しを見た。

(そうか、知らないのか……。まぁ、もともとの言葉の出どころは引退したおっさんたちな気もするが……)

 お揃いといういじりでなければ、新助も『双頭の龍』という名は嫌ではなかった。


 その後、『双頭の龍』は印象に残る呼び名ということもあり、江戸一の火消しと言われるようになっていく。

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