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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第三章~白菊~
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三年前〜火消しの現場②〜

(熱いな……)

 長屋に飛び込んだ新助は焼けるような熱に顔をしかめた。

 煙が充満していて、揺らめく炎以外はすべてぼんやりとしか見えない。

(視界が悪いな……)

 新助は身を屈めて、なるべく煙を吸い込まないように奥に進む。

(こう視界が悪いと……)


 そのとき、足に何かが当たった。

 しゃがみこんで、目を凝らす。

 それは、人の手だった。

 新助は慌てて倒れている人の手を取った。

「おい、大丈夫か!?」

 煙を吸わないように半纏の袖を口元に当てて、可能な限りの声を出す。

 わずかに手が動いたような気がした。

(よし、まだ意識はある……!)

 新助は腕を取ると、身を屈めてその人を背負った。

 幸いにも入口近くで倒れていたため、外への道は遠くない。

「大丈夫だ……。助かるぞ」


 その瞬間、長屋の一部が音を立てて崩れた。

 目の前を燃える木材が落ちていく。

 吹きつける熱風に新助は慌てて後ろに下がった。

 新助は思わず舌打ちする。

 瓦礫で外への道が塞がり、炎が上がっていた。


(ここで死ぬのか……?)

 新助は一瞬よぎった考えを慌てて振り払う。

(このまま死んだら、あいつに顔向けできねぇよ……)



 そのとき、背負っていた人の腕にほんのわずかに力が入った。

「生きたい」

 そう言われた気がした。



 目頭が熱くなる。

(ああ、源さんはこんな気持ちだったのか……)

 源次郎に助けられた日のことが鮮やかに蘇る。

(助けたいじゃない……助けるんだ)

 頭の芯が熱くなっていく。

(余計なことは考えるな。一直線に全力で走るだけでいい。俺は何を難しく考えてたんだ)

 新助は思わず笑った。


 新助は燃えている瓦礫も構わず、一直線に走り出す。

 炎が足をかすめても不思議と熱くなかった。

 燃え盛る木材も蹴散らしながら、ただひたすら真っすぐ走る。

(あと少し、あと少し……!)

 すると、一気に視界が開けた。


 目の前には、目を見開く恭一郎の姿がある。

 新助は思わず微笑んだ。

「ちゃんと戻ったぞ」

 その瞬間、新助の後ろで長屋が音を立てて崩れた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



【少し前】

 恭一郎は長屋の入口に放水する指示を出しながら、足元が崩れていくような感覚に襲われていた。

(俺があんなこと言ったせいで、今度は新助が……)

 足元がグラグラと揺れる。

 この長屋はもう崩れる。誰の目にも明らかだった。

(どうしてあのとき腕を離したんだ……!)

 恭一郎は唇を噛みしめた。


 そのとき、長屋の一部が崩れる音が響く。


 恭一郎は、顔から血の気が引いていくのを感じた。

(もう……ダメだ……)

 恭一郎がそう思いうなだれたとき、長屋の中からバキバキと木が割れる音がした。


 恭一郎が音に反応して顔を上げたその瞬間、炎の中から人影が飛び出してきた。

 顔も体も傷だらけで、服の一部は燃えていたが、それは間違いなく新助だった。

 背中には煤だらけの女性を背負った新助は、恭一郎と目が合うとなんでもないように笑った。

「ちゃんと戻ったぞ」


 恭一郎は、一瞬何が起こったのかわからなかった。

(生きてる……)

 ゆっくりとじんわり温かいものが胸に広がっていく。

 それと同時にようやく恭一郎は動けるようになった。

 新助の服の火を消すように指示を出し、背負っていた女性をゆっくりと地面に下ろすと医者を呼んだ。



 女性の処置がひと段落すると、恭一郎は新助のもとに向かった。


 新助は座って火傷を診てもらっていた。

「おお、恭一! 悪かったな、心配かけて……」

 新助はさすがに少し申し訳なさそうな顔をしていた。

 恭一郎は無言で新助に近づくと、しゃがみ込んだ。


「恭一……?」

 新助が恭一郎の顔をのぞき込もうとした瞬間、恭一郎は新助の顔を思い切り殴った。

「……!??」

 新助は痛みで言葉が出なかった。

 ただただ目を丸くして恭一郎を見つめる。


「おまえ……もうガキの頃と違うんだから、本気で殴るなよ……。マジで骨折れるだろ……」

「おまえは……『誰も死なせない』を呪いの言葉にする気か……?」

 恭一郎はうつむいたまま呟く。

「は……?」

 

 恭一郎は新助の胸ぐらを掴む。

「いいか! もう二度とこんなことするな! 二度とだ!!」

 恭一郎の勢いに押されて、新助はただ頷くことしかできなかった。

「ああ、わかった……」


 恭一郎はそれだけ言うと、新助の半纏から手を離し新助の前から去っていった。


「何なんだ……あいつ……」

 新助は不思議そうに頭を掻きながら、恭一郎の背中を見送った。

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