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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第三章~白菊~
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三年前~火消しの現場①~

「おい! おまえ、何考えてんだ!? そんな火元に近いところに立つな!」

 恭一郎は、長屋の屋根に立って纏を持っていた新助に向かって叫ぶ。

 すでに火は消し止められていたが、新助のすぐ横の長屋までは完全に焼け落ちていた。


「なんだよ……。消せたんだからいいだろう?」

 新助は屋根の上でしゃがむと、不思議そうに恭一郎を見下ろした。

「消せたんじゃねぇ! おまえがそこにいるからなんとか消し止めたんだよ!! 死にてぇのか!?」

「いやぁ、だって、こっちの長屋まで燃える前に消してやった方がいいだろう?」

 新助は自分が立っている長屋の屋根を叩きながら言った。

「ふざけんな! 願望で纏をかかげるんじゃねぇ! 一歩間違ってたら死んでたんだぞ!」

 新助は、珍しく怒りが収まらない様子の恭一郎を見て笑った。

「悪ぃ、悪ぃ。次から気をつけるよ」

 新助は悪びれる様子もなく、笑いながら言った。


 恭一郎はしばらく新助を睨んでいたが、やがて、近くにいた火消しを捕まえて何かを話し始める。

(何やってんだ……?)

 新助が下を見ていると、何人かの火消しが竜吐水と消火用の水鉄砲を持って恭一郎のもとに集まってきていた。

 その先が、一斉に新助に向けられる。

(え!? マジか!?)

 そう思った瞬間、新助の顔に大量の水がかけられた。


「お、おい……!……やめ……ろ!」

 口を開くと水が入り、うまく言葉が出ない。

 全身がずぶ濡れになる頃、ようやく水が止まった。

 新助が下を見ると、火消したちが腹を抱えて笑っている。


「ふん、これでちょっとは頭が冷えたか? もうやるなよ」

 恭一郎は満足そうに微笑んでいた。

「おまえなぁ!? ふざけんなよ!? 屋根から落ちたらどうすんだ!?」

「そんな弱い水で落ちるようなら鍛え直せ」

 恭一郎はそう言うと背中を向けて去っていく。

「おい! 待て!! このやろう!!」


 新助は急いで梯子で下に降りる。

 纏を持ったまま、恭一郎を追いかけていたとき、遠くからこちらに向かって走ってくる人影が見えて、新助は思わず足を止めた。


「おい! 向こうの長屋が火事なんだ!! 火の勢いがすごくて……! 行けるか!?」

 

 恭一郎と新助は顔を見合わせると軽く頷き、次の現場に向かう準備を始めた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 現場に着いた恭一郎は、炎に包まれている長屋を前に立ち尽くす。

 ある程度離れた距離にいても伝わってくる熱風が、火の勢いを表していた。

 すべてを焼き尽くし、長屋が潰れるのは時間の問題だった。


「ま、まだ中に人がいるんです……!」

 長屋の住人と思われる男がすがるように恭一郎を見た。


 恭一郎の顔が一気に青ざめる。

(この状況では……)

 恭一郎はもう一度長屋を見た。

 かろうじて入り口は確認できるが、見える範囲すべては炎に飲まれている。

「助けてください……! お願いします……!!」

 男の煤で汚れた顔に涙が光っていた。

(どうすれば……)


「俺が行くよ」

 恭一郎の思考をさえぎるように、新助が燃え盛る長屋に向かって進んでいく。

「お、おい、待て!」

 恭一郎は、慌てて新助の腕を掴む。

「あの長屋はもう潰れる! やめろ!」

 恭一郎の手に自然と力がこもった。

「潰れる前に出てくるさ。濡れてるし、ちょうどよかったよ」

 新助はそう言うと笑った。

(何笑ってんだ、てめぇは……!!)

 恭一郎は怒りで眩暈がした。

「そういう問題じゃねぇ、死ぬって言ってんだよ!!」

 恭一郎の手に一層力がこもる。


「恭一」

 意外なほど冷静な新助の声に、恭一郎は新助の顔を見た。

「もう誰も死なせないんだろう?」


 かつての自分の言葉に、恭一郎は目を見開いた。


 新助はそう言って微笑むと、恭一郎の手を振りほどき真っすぐに長屋に突っ込んでいく。

「新助!!」

 恭一郎の叫びは届かず、新助の姿は長屋に消えていった。

「くそっ!! あいつ!!」


 恭一郎は頭を掻きむしった。

「おい! 長屋の入口あたりに集中的に水かけるぞ!! 竜吐水も水鉄砲も全部かき集めろ!!」


 恭一郎は炎に飲まれた長屋を見つめる。

(……誰も死なせないの中に、おまえも入ってんだぞ……)

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