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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第三章~白菊~
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五年前~火消しの長屋②~

「おい、新助。座れ」

 新助は起きて早々、恭一郎に声をかけられた。

 新助は眠い目をこすりながら、恭一郎を見る。

 恭一郎は食卓についていて、その食卓には三人分の食事が用意されていた。


「……恭一……、これは何のまねだ……?」

 源次郎が亡くなって数日が経った。

 食卓を囲むとどうしても埋まらない場所が目につくため、源次郎がいなくなってから、自然と二人で食事をすることはなくなっていた。

「まぁ、座れよ。俺がおまえの分まで用意してやったんだ。感謝して食え」

 呆然と食卓を見ている新助に、恭一郎はもう一度声をかけた。

 新助は戸惑いながら、三人でいたときの自分の場所に腰をおろす。

 当然のように、いつもの場所に源次郎の姿はない。

 新助は思わずそこから視線をそらした。


「俺は火消しになる……」

 恭一郎が唐突に口を開いた。

 新助は戸惑いながら恭一郎を見る。

 恭一郎がなぜ今さらそんなことを言うのかわからなかった。

 恭一郎はただ真っすぐに、源次郎がいた場所を見つめている。


「俺は江戸で一番の火消しになる。火事になった長屋の人たちも、火消しの仲間も、もう誰も死なせない。全部助ける。だから…………泣くのはこれで最後だ」

 呆然と食事を見ていた新助はハッとして顔を上げる。

 恭一郎は真っすぐ前を見たまま、涙を流していた。

 その姿に、新助も抑えていたものがこみ上げる。


「おい、そういうのやめろよ。泣き虫だな」

 新助は片手で目元を隠しながら笑った。

「泣き虫はおまえだろ……。隠れてメソメソしやがって。湿っぽくて仕方なかったよ」

 恭一郎は服で涙を拭いながら言った。


「メソメソなんてしてねぇよ。おまえと一緒にすんな! それにあれだ。江戸一は無理だ。江戸で一番の火消しは俺がなるんだ。おまえはよくて二番だな」

 新助は目元の涙を拭うと、顔を上げた。

「馬鹿言え! おまえみたいに勢いだけのやつが真っ先に死ぬんだよ! 俺、おまえのことまで助けてる余裕ないからな! 自分の身は自分で守れよ!」

「おまえの助けなんかいるか! おまえは遠くから火を消すために竜吐水(りゅうどすい)でちまちま水でもかけてろ!」

「馬鹿か! そもそも竜吐水は火を消す道具じゃねぇ! 纏持ちの火消しを火の粉から守る道具だ! おまえまだそんなことも知らないのか! あんな少ない水で火が消えるわけねぇだろ!」

 新助が少したじろぐ。

「し、知ってるよ! お、おまえは知識だけなんだよ! 知識だけじゃ火は消せねぇぞ!」

「おまえは本当に何もわかってないなぁ。知識と経験がありゃあ、火が燃え広がるのは防げるんだよ。おまえは指でもくわえて、俺が江戸一の火消しになるところでも見とけ!」

「なんだと!?」

 新助が恭一郎の胸ぐらを掴む。


 すると、ふいに声が聞こえた気がして、新助は手を止めた。

「おまえら、もうそのへんにしとけよ」

 呆れた顔でそう言う源次郎の姿が見えた気がして、新助は恭一郎の服から手を離した。

 恭一郎も同じように感じたのか、二人のあいだに沈黙が訪れる。



「俺はいつか、江戸を火事が起こっても不安にならない町にするんだ」

 恭一郎がポツリと呟いた。

「……どういうことだ?」

 新助は眉をひそめる。

「江戸には火消しがいるから、絶対にみんな助けてもらえるって。誰もが信じられる町にするんだ。火事で家は失っても、命は失わない町に」

 恭一郎の瞳に宿っている光を見て、新助は言葉を失う。

 恭一郎が火消しとして、自分よりもずっと高いところを見ていると痛感した瞬間だった。

 新助はフッと笑った。

 不思議と悔しさはなかった。

「まぁ、その夢になら、俺も付き合ってやってもいい」

 新助は恭一郎を見て言った。

「は? おまえはまず自分が死なないように頑張れよ」

 恭一郎が鼻で笑う。

「なんだと!? 人がせっかく手伝ってやるって言ってんのに!」

「だから、それがいらないって言ってんだろ!」


 二人はそのまま鳶の仕事が始まるまで食卓にいた。

 食事はすっかり冷めてしまっていたが、食卓は源次郎がいたときのように温かかった。

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