表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第三章~白菊~
71/324

五年前~鳶の現場~

「源さん! これ見てくれよ! カッコいいだろう?」

 新助は誇らしげに背中を見せる。

 そこには、龍と舞い散る桜の刺青があった。

「おお! いいじゃねぇか!」

 源次郎は新助の背中を見て笑った。

 しかし周りで見ていた鳶の男たちは顔を見合わせて、顔を青くした。

「だろ? これから腕の方も刺青入れてくんだけど、背中ができたから一番に見せたくてさ!」

 新助は振り返ると、源次郎の顔を見て満足そうに言った。


「いやぁ、すげぇ、いいよ! 恭一郎とお揃いなんだろう?」

 源次郎がそう言った瞬間、時が止まったような静けさが訪れた。

「……は?」

 新助は一瞬にして真顔になる。


「げ、源さん……! お揃いなわけないじゃないですか!? あんなに仲が悪いのに……!」

「そうですよ! 源さん……」

 鳶の男たちが慌てて、源次郎の肩を掴む。

「え? そうなのか? だって、恭一郎も龍と桜の刺青だっただろう? おまえたちも見てたじゃねぇか……」

 源次郎は不思議そうな顔で二人を見た。

 男たちはますます顔を青くする。

「げ、源さん……! だから、それを言っちゃダメなんですよ……!」

「嫌がるに決まってるんですから……!」

 男たちは恐る恐る新助を見る。


 新助は地面の一点を見つめたまま、固まっていた。

「恭一はどこにいる……?」

 新助が低い声で呟くように言った。

「……え? えっと……あっちの現場で足場を組む手伝いをしてたけど……」

 鳶の男が戸惑いながら答える。

 

 それを聞いた新助は走り出す。

「え……!? おい! 待てよ、新助!」

 鳶の男が止める間もなく、新助は行ってしまった。

「源さん……、どうするんですか……。ありゃ、揉めますよ……」

 男は頭を掻きながら、源次郎を見た。

 源次郎は豪快に笑う。

「いいじゃねぇか! 仲のいい証拠だ!」

 鳶の男たちは顔を見合わせる。


「源さん、そんなんだから嫁さんのひとりもいないんですよ」

 男のひとりが呆れたように呟く。

「お、おい! それは禁句……!」

 もうひとりの男が慌てて止めようとしたが、すでに遅かった。


「……なんだと!? 誰がモテないって!!?」

 源次郎が男の胸ぐらを掴む。

「モ、モテないなんて言ってませんよ……。無神経だから嫁さんが来ないって話しで……」

 男が苦しげに呟く。

「お、おい! おまえ、さらに余計なこと言うなよ……!」

 

 源次郎は怒りで顔を真っ赤にする。

「なんだとぉ!?」

 胸ぐらを掴まれていた男は一瞬の隙をついて、源次郎の手から逃れると走り出した。

「おい、待て! てめぇ! 一発殴らせろ!!」

 源次郎が男の後を追って走り出す。


 ひとり残された男は頭を抱える。

「まったく……。どいつもこいつも短気なんだから……。そろそろこっちも作業始めなきゃなんねぇのに……」

 男はそっとため息をついた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「恭一!! 降りてこい!!」

 鳶の男たちと、長屋を建てるのに必要な足場を組んでいた恭一郎は、名前を呼ばれて下を見た。

 声を張り上げている新助の姿が目に入り、恭一郎はため息をつく。

「なんだ、あいつ……。何の用だよ……」

「どうした? 恭一郎」

 一緒に作業をしていた男たちが、恭一郎と同じように下を見た。

「ああ、おまえの兄貴じゃねぇか」

「兄貴じゃありませんよ! 血もつながってないし、同じ年だし……」

「まぁ、どっちでも一緒だ! おまえのこと呼んでるみたいだし、行ってこい。ここは大丈夫だから」

 男はそう言うと恭一郎の頭をなでた。

「え……、ああ、はい……。じゃあ、ちょっと行ってきます」

 恭一郎はそう言われ、しぶしぶ下に降りた。



「おい、何の用だよ! おまえも今、向こうで作業のはずだろう? サボってないでさっさと戻れよ」

 恭一郎は面倒くさそうに言った。

「おまえ……今すぐ脱げ……」

 新助が低い声で呟く。

「は? なんだって?」

 恭一郎は眉をひそめる。

「今すぐ脱げって言ったんだよ!!」

 新助はそう言うと、新助の半纏に手をかける。

「はぁ!? 何言ってんだよ!? やめろって……!」

 強引に恭一郎の半纏を脱がせると、新助は恭一郎の背中を見た。

 そこには龍と桜の刺青があった。

 新助は膝から崩れ落ちる。

「お、おい! 何やってんだ……」

 恭一郎は慌ててしゃがみ込む。

「おまえ……なんで龍と桜なんだよ……」

 新助が小さな声で呟いた。

「は?……そりゃあ、龍は雨を呼ぶって言われてるし、火消しになるんだったらみんな入れるだろう……。桜は……ところどころ火傷の跡があってどうしてもデコボコになるから、桜吹雪みたいにした方がいいって言われて……」

 恭一郎は戸惑いながらそう答えた。

「火傷……そうか……。そこは一緒だもんな……」

 新助は乾いた声で笑った。

 新助は半纏を脱いで、恭一郎に背中を見せる。

「な!? なんで一緒……!?」


 そのとき、鳶の男たちも順番に下に降りてきた。

「お! なんだおまえら、お揃いの刺青なんて仲いいな!」

「刺青お揃いにするやつなんて、なかなかいねぇぞ」

 男たちが笑う。

 二人は恥ずかしさでうつむいた。


「火傷がひどいから、俺もう直せないって言われてるのに……」

 恭一郎がうつむいたまま呟く。

「俺だってそうだよ……」

 新助も呟く。


「あ、でもこれ、お揃いっていうより、桜でつながってるように見えるから、二人で一枚の絵みたいじゃねぇか?」

 男のひとりが二人の背中を見比べて言った。

「『双頭の龍』ってやつだな!」

「そうとう……?」

 新助はうつむいたまま、視線だけ男に向けた。

「頭が二つある龍のことだよ。二人でひとつの龍を彫ってるって感じだな!」

「ああ、確かにそう見えるな! でも、それはそれでなんか気色悪くないか!?」

 男たちは大笑いした。

 二人はうつむいたまま赤くなる。

 

「おまえのせいだぞ……」

 新助は恨みがましい目で恭一郎を見た。

「それはこっちが言いたいよ……」

 恭一郎も横目で新助を見る。


 新助と恭一郎はその日一日中、お互いの作業場で男たちに刺青についていじられ続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ