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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第三章~白菊~
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十年前~火消しの長屋①~

(俺……もうダメなのかな……)

 新助は意識が朦朧とする中で、重いまぶたをなんとか開けた。

 靄がかかったようにぼんやりとした視界の向こうで、生き物のような炎が揺らめいている。

 全身が焼けているように熱い。

 うつ伏せになっているため、熱い板の上で焼かれているようだった。

(焦げ臭い……。俺、死ぬのかな……。父ちゃんは無事なのか……?)

 ときどき背中が擦り切れたようにヒリヒリと痛む。

(やばい……眠い……。俺なんでこんなときに……)

 まぶたが閉じる寸前、新助は揺らめく炎の向こうに人影を見た気がした。


 まぶたを閉じた新助は夢を見た。

 父親に背負われて川辺を歩く夢だった。

 その夢は懐かしくて温かくて、新助は父親の首にギュッとしがみつく。

 父親は首に巻きついた新助の腕にそっと手を当てた。

 新助はその手から伝わる温もりに安心し、より深い眠りに落ちていった。



 新助が目を覚ましたとき最初に目に入ったのは、舞い上がる龍だった。

「龍……?」

 新助がそう口にすると、龍がビクッと動く。

「目、覚めたか?」

 見知らぬ男の声が響く。

 新助はその声で完全に目を覚ました。

 龍は男の背中に入っていた刺青だった。

 見知らぬ男は振り返って新助を見る。

「ここは……?」

 新助は自分がうつ伏せで寝ていることに気づき、ゆっくりと腕の力で起き上がろうとした。

 背中にピリッとした痛みが走る。

「ッ……」

「おい、無理するな! 背中のやけどは結構ひでぇんだ」

「やけど……?」

 新助はようやく自分が火の海にいたことを思い出した。

「俺の……家は……?」

 見知らぬ男は目を伏せる。

「……全部燃えちまったよ……」

 新助は体の力が抜けていくのを感じた。

 腕の支えを失って、新助は再びうつ伏せの状態で布団に倒れる。

「……父ちゃんは……?」

 男の顔が苦し気に歪む。

「すまねぇ……。助けられなかった……。俺たちが着いたときにはもう……」

 新助の見開かれた目の端から涙が流れ、布団が濡れた。

 新助の顔が歪む。

「……父ちゃ…………」

 新助は布団に顔をうずめた。


「ごめんな……」

 男はそっと新助の頭をなでた。

「これからは、俺たちがおまえの家族だ。俺がおまえを守ってやるから」

 新助は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を男に向けた。

「あんた……誰なの……?」

 男は微笑む。

「俺は源次郎だ。や組って火消しの組頭で、普段は鳶頭(とびがしら)をやってる。俺には嫁さんもいないから俺たち三人、むさ苦しい男所帯になるが、そこはまぁ、我慢してくれ」

「三人……?」

 新助は鼻をすすりながら問いかけた。

 源次郎は視線を動かす。

 新助は源次郎の視線を追った。

 そこには新助と同じようにうつぶせで寝ている少年がいた。

 ピクリとも動かないため、起きているのか寝ているのかもわからなかった。

「あいつもこの火事で家族を亡くしてな……。母親、父親、弟、みんな死んじまったんだ……」

 源次郎の言葉を聞き、新助は源次郎に視線を戻した。

「おまえと同じくらいの年だ。二人仲良くやってくれよ」

 源次郎はそう言うと、もう一度新助の頭をなでた。


「おまえ、名前は? 年は十くらいだろう?」

「新助……。年は十一だ」

 新助は涙と鼻水を手で拭いながら答えた。

「新助か、いい名前だ。これからよろしくな、新助。あっちで寝ているやつは恭一郎って名前らしい。もう意識は戻ってるんだが、ずっとあの調子でな……。傷が良くなったらおまえも声をかけてやってくれ」

 源次郎はそう言うと微笑んだ。

「喉、渇いただろう? 今、水を持ってきてやる」

 源次郎は立ち上がり、長屋を出ていった。


 新助は視線を動かして、うつ伏せで寝ている恭一郎を見る。

「家族……か……」

 新助はそう呟くと、考えるをやめて静かに目を閉じた。

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