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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第三章~白菊~
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咲耶と新助

「今日は頼一様は来ませんよ?」

 可愛らしい声が聞こえ、新助は声がした方へ顔を向ける。

 そこには小動物のように大きな目で新助を見上げる可愛らしい少女がいた。

(恰好からすると、ここの禿か……)

 新助は屈んで少女と視線を合わせる。

「可愛らしいお嬢ちゃん、ありがとよ。でも、今日俺はお奉行様を待ってるわけじゃねぇんだ」

 新助はそう言うと笑った。

「わざわざ教えに出てきてくれたのか? ありがとな!」


「では、誰を待っているのですか?」

 少女は新助を真っすぐに見つめて聞いた。

「咲耶太夫っていうここの太夫だよ。俺じゃあ見世に上がるなんてできないからな……。出てきたときに少し話せればと思ってここにいるんだ」

 新助は少し気まずそうに頭を掻いた。

「これ、秘密にしといてくれるか……? 咲耶太夫を待ってるなんてバレたら、たぶんそこにいる男衆に捕まっちまうと思うから……」


「『捕まる自覚があるのなら、最初から来るな』」

 あどけない少女の口から発せられた突然の言葉に、新助は固まった。

「……え?」

「『デカい図体(ずうたい)でそこにいられるのは迷惑だ。話しは聞いてやるから、さっさと来い』」

 少女は可愛らしい顔に不釣り合いな口調でそういうと、にっこりと笑った。

「花魁……咲耶太夫からの伝言です。咲耶太夫に会いたいから黙っていてくれというようなことを言われたら、伝えるようにと言われておりました! さぁ、花魁のところにご案内いたします」

 少女は微笑むと、新助に背を向けて見世の中に入っていった。

 しばらく呆気にとられていた新助は、我に返ると慌てて少女の後を追う。

(なんだかよくわからねぇが……会ってもらえるなら、まぁ……なんでもいいか)

 新助は戸惑いながらも、見世の中に入っていった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 少女が襖を開けると、そこには長襦袢姿の美しい女が座っていた。

 先日新助が見かけたときのような煌びやかな簪も着物も身に着けていなかったが、それでも圧倒されるような美しさだった。

(真正面から見るとやっぱりとんでもなく綺麗な女だな……)

 新助は思わずその場に立ち尽くす。

 そして、ふと部屋の片隅に男がいるのに気がついた。

(こっちはまた歌舞伎役者みたいな男前だな! あ、これが間夫ってやつか……。逢引きの邪魔しちまったのか……?)

 新助が目を泳がせていると、咲耶がゆっくりと息を吐いてから静かに口を開いた。


「とりあえず、座れ」

「あ、ああ。いろいろすまなかったな……」

 間夫との逢引き中に、という言葉を新助は飲み込み、用意されていた座布団に腰を下ろした。

「最初に言っておくが、私から頼一様に調べ直しを頼むというのは無理だ」


「……無理……なのか……?」

 まさしくそれを頼もうとしていた新助は肩を落とした。

「ああ」

 咲耶は面倒くさそうに頷く。

「たとえ私が頼んだとしても、頼一様は動かない。あの方はそんな愚かな人ではないからな……。町奉行所と火付盗賊改方はそもそもそれほど良好な関係ではない。そんな中で、町奉行が火事という管轄外のことで調べ直しをしてみろ、火付盗賊改方の面子(めんつ)を潰すことになる。頼一様は絶対にそのようなことはしない」

「そう……なのか……」

 新助は肩を落とした。


 咲耶はため息をつく。

「恭一郎という男は、火付けについて肯定も否定もしなかったのだろう?」

「ああ……。そのまま死んじまった……。だから、俺があいつの汚名を晴らしてやらねぇと……」

「それは本当に、その男が望んでいることなのか?」

 咲耶は新助を真っすぐに見て言った。

「……どういうことだ?」

 新助は咲耶を見つめ返す。

「その男は否定しなかったのだろう? 火付盗賊改方の取り調べは拷問まがいのものだと聞く。それでも何も言わなかった。それに加えて組の人間が火付けをしたと疑われ、や組の名は地に落ちた。そうなってもおまえにさえ何も言わなかったのだろう? 自分よりも組よりも優先した隠し事。それを暴いてほしいと思っているだろうか? まぁ、組のことはどうでもよかったのかもしれないが」

 咲耶は嘲るように新助を見た。


「なんだと!?」

 新助は立ち上がった。

「黙って聞いていれば……! おまえに何がわかる!? 知ったようなこと言うんじゃねぇ! あいつは……! あいつは……」

 新助は怒りで全身が震えた。


「お、おい! 落ち着け……」

 叡正が慌てて立ち上がると新助の正面に立ち、肩を押さえた。

(おおやけ)にするかは別として、真実が知りたいって気持ちはわかるよ……」

 叡正は目を伏せる。

 新助は咲耶を見続けていたが、咲耶は叡正の背中を見つめると、少し悲し気に目を伏せた。

(なんだ!? 間夫の言うことは気にするのか、この女は……!)

 新助は怒りを抑えるために、深く息を吐いた。

「もういい! ここに来た俺が馬鹿だった」

 新助はそれだけ言うと、二人に背を向けて部屋を出ていった。



 叡正は開けられたままの襖を見ながら、ため息をついた。

「おい、これでよかったのか……?」

「ああ、これでもうここに来ることはない」

 咲耶は淡々と言った。

 叡正は何か言いたげに咲耶を振り返る。

「私にできることはない。だが、おまえが気になるなら、おまえは力になればいい」

「え……?」

「おまえの憧れなんだろう? ほら、追いかけてやれ」

 咲耶は叡正を追い払うように、手を振った。

「あ、ああ……、わかった」

 叡正はそう言うと、新助の後を追って部屋を出ていった。


 咲耶はため息をつく。

「ああ……また面倒くさいことになりそうだ……」

 咲耶は額に手を当てて、もう一度深いため息をついた。

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