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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第二章~桜草~
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最期の手紙

 この手紙を読んでいるということは、また見世に来てくださったということですね。

 あなたを待つことができなくて、本当にごめんなさい。


 最初にあなたと会ったとき、初めての遊郭であなたは舞い上がっていて、来年も来ると何度も私に言いましたね。

 正直に言うと、そのときの私はあなたの言葉をまったく信じていませんでした。

「愛している」「身請けする」「一緒になろう」

 遊郭の中ではよく囁かれる愛の言葉です。

 口にするお客はとても多いのですが、実際に身請けされたり、お客と一緒になったりする遊女はほとんどいません。

 私たちの仕事はお客に夢を見せること。所詮は夢の中での言葉です。

 お客に夢は見せても、私たちが夢を見るのは愚かなこと。私はそう思ってきました。


 だから、あなたが次の年、桜草を持って現れたときは本当に驚きました。

 まだ夢の中にいたのか、と少し笑ってしまったくらいです。……ごめんなさい。

 次の年も、その次の年も、あなたはやってきて桜草をくれましたね。

 もうその頃には桜草が咲くのを心待ちにする私がいました。


 本当に……なんてことをしてくれたんですか。

 夢を見るなんて、絶対にしたくなかったのに。

 でも、あなたは「一緒になろう」とは言ってくれませんでしたね。

 そういう言葉は信じていないくせに、言われないと不安になってしまうのが、複雑な遊女心というものです。

 ちょっとした意地悪のつもりで「いつか一緒に暮らしましょうよ」と私が言ったとき、あなたは顔を真っ赤にして言いましたね。「も、もちろん! お金が貯まったら言うつもりだったのに……」と。

 そのとき、あなたが(いと)しくて愛しくて涙が出そうでした。

 愛が溢れると涙が出るものなんですね。初めて知りました。

 指を切って贈る遊女の気持ちが初めてわかった気がします。

 あなたは知っているでしょうか? 遊郭では愛の証として指を切って贈ることがあるんですよ。

 あなたは怖がるでしょうし、自分の体を大事にしてほしいと慌てるでしょうから、そんなことはしませんが、私のすべてを捧げて愛を伝えたいと心から思ったのです。


 私はお客に夢を見せるために、たくさんの嘘をついてきました。

 心にもない言葉もたやすく口にすることができます。

 だからこそ、本当の愛はどのようにすれば伝わるのか、よくわからないのです。

 愛を伝えるためには指くらい切らなければ、届かないのではないかとさえ思ってしまいます。

 きっとこの気持ちはよくわかりませんよね。

 あなたが手紙を読みながら、難しそうな顔で首を傾げる姿が目に浮かぶようです。

「好きなら好きと言ったらいいだけなのに」と困ったような顔で言うのでしょうね。

 わかります。あなたはそういう人なんです。


 ああ……、来年も再来年もその次の年も、ずっとあなたを待っていたかった。

 先に逝く私を、どうか許してください。

 私の骨があなたに届くように、私の姐さんに頼みました。

 ただ、私の骨は半分だけなのです。すべてを捧げたいと言っておきながら、半分でごめんなさい。

 もう半分は、私が妹のように想っている遊女に渡してもらうことになっています。

 本当に困った子なのですが、昔の私を見ているようで最初から目が離せませんでした。

 その子は男嫌いで身請けは期待できないので、年季が明けたら私のところに来るようにと以前話していました。

 とても勝手なのですが、あなたと暮らしながら、その子の年季が明けたら迎えに行ってみんなで暮らそうなどと虫のいいことを考えていました。

 桜草が一面に咲く丘の家で、あなたとその子と私で暮らすのが、私が夢見た未来でした。

 もしいずみ屋にまた来ることがあれば、その子……野風という遊女なのですが、野風の様子を少し見てあげてください。

 本当に勝手でごめんなさい。

 大事な妹なんです。


 最後に、私に涙が出るほどの愛を教えてくれて、ありがとう。

 私のことは忘れてもいいから、ちゃんと幸せになってね。

 あなたを、心から愛しています。


 夕里

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