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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第二章~桜草~
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残されたもの

 寺を訪れた翌日、信は咲耶のもとに向かった。

 昼見世が始まるまでにまだ時間があるためか、見世は以前信が訪れたときよりも静かだった。

 緑に案内されて部屋に入ると、咲耶は窓のへりに腰かけて外を見ていた。

「寺に行ってきた」

 信が咲耶に声をかける。

 咲耶はゆっくり振り返ると立ち上がり微笑んだ。

「早いな。何かわかったか?」

 咲耶は緑が準備した座布団に座ると、信にも座るように促した。

 咲耶と向かい合うように信も腰を下ろす。

「これが落ちていた」

 信は懐から布に包まれた釘を取り出すと、咲耶に渡した。

「五寸釘か……」

 咲耶は布を開くと、くの字に曲がった釘をじっと見つめた。

「これはこの状態で落ちていたのか……?」

 咲耶は信を見た。

「ああ」

 信は短く答える。


 咲耶は目を閉じて、頭を抱えた。

「じゃあ、わざとってことか……」

「ああ、おそらく」

 釘には打ち損じたときにできる傷が一切なかった。

 釘を打ち込むときに曲がって落ちたのでなければ、最初から曲がった状態の釘を落としたことになる。

 あえて置いていったと考えるのが妥当だった。

 咲耶はため息をついた。

「それと、寺で誰かに見られている気配があった」

 信の言葉に咲耶の顔が曇る。

「おそらく今回の件、狙いは俺だ」


 咲耶はしばらく信を見つめた後、静かに目を伏せた。

「……信、今回はもうやめておこう……。危険すぎる……」

「どの道、狙われたら逃げられない」

 信は淡々と言った。

「俺に用があるなら正面から迎えるだけだ」

 咲耶は何か言いたそうに口を開いたが、諦めたようにため息をついた。

「それなら、釘を調べるから借りていいか?」

 咲耶は釘を見つめながら言った。

「ああ」

 信が頷く。

「あえて釘を残していったくらいだ。調べろってことだろう。大工以外で釘を買う者は珍しいから買った人間がわかるのかもしれない」

「ああ、頼む」

 信はそれだけ言うと立ち上がった。

 部屋から出ていこうとする信の背に向かって咲耶が声をかける。

「本当に……気をつけろよ」

 信は振り返って頷くと、襖を開けて部屋を出ていった。

 襖を見つめたまま、咲耶はひとり大きなため息をついた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 昼見世を終えた後、咲耶は裏茶屋に向かった。

 いずみ屋の露草からの手紙で、今日の昼見世の後に野風を裏茶屋に向かわせると知らせがあったからだ。

 裏茶屋に着くと、咲耶はすぐに案内された座敷にあがる。

 野風はすでに座敷で咲耶を待っていた。


「咲耶太夫……、このたびはご迷惑をおかけして、誠に申し訳ございませんでした!」

 野風は、咲耶が座敷にあがるとすぐに膝をつき頭を下げた。

「玉屋の文使いが疑われていると聞きました……。ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません!」

 野風の体はかすかに震えていた。


「頭を上げてください。露草太夫からだいたいの話は聞いていますから。うちの文使いも話しを聞かれただけで疑われているわけではないので」

 咲耶がそう言って微笑むと、野風はゆっくりと顔をあげた。

 気の強そうな瞳が印象的な遊女だった。

 今はその瞳が涙で濡れている。

「私が聞きたいのは、あなたにあんな手紙を書かせた男についてです。男のことで覚えていることをすべて教えてもらえませんか?」

 咲耶はまっすぐに野風を見た。


 野風は体を起こすと、目は伏せたままゆっくりと口を開いた。

「あの男……、庄吉と名乗っていたのですが、本当の名前かどうかはわかりません……。姐さんが亡くなって三ヶ月ほどしてから客として初めて見世に来ました。あの男は直次様の知り合いなのだと言って、姐さんが直次様に宛てて書いた手紙を私に見せたんです」

「それは、本当に夕里という遊女が書いた手紙だったのですか?」

 野風は顔を上げる。

「はい。それは間違いありません。私が姐さんの字を見間違うわけありませんから」

 咲耶は考えるように目を伏せた。

(本物の夕里の手紙を手に入れられる人物だとすると、かなり絞り込めるかもしれないな……)

「あの男は、直次様がこんな手紙いらないから捨ててくれと言って渡してきたと言っていましたが……。あの男が言っていたことはすべて嘘だったんでしょうか……? もう何が本当かわからなくて……」

 喜一郎から直次は岡場所の女に入れあげていたと聞いていたが、咲耶は何も言わないことにした。


「今回、うちの文使いに持たせた手紙はあなたが?」

「あ、……はい。姐さんの筆跡を真似して私が書きました。直次様をちょっと怖がらせてやろうと、あの男の口車にのって……」

「指はどのように?」

「ああ、あれは男が……。最近身近で亡くなった方がいるから、その方の指を使うと言っていました。怖くて私は箱の中身は見ていませんが……」

「そうなんですね……」

(それなら、指からは何もわかりそうにないな……)

 咲耶は質問を続ける。

「その男の顔は覚えていますか? 特徴が何かあれば知りたいのですが……」

「それが……あまり顔に特徴のない方で……背は高かったです。あ、あと首の左側に大きなほくろがありました」

 男の風貌については、露草が言っていたこととまったく同じだった。

「そうですか……。ありがとうございます」

「お役に立ちそうでしょうか……?」

 野風は不安げに咲耶を見た。

「ええ、十分です」

 咲耶は微笑んだ。

 野風はホッとしたような表情を見せる。


 咲耶は静かに野風を見つめると、ゆっくりと口を開いた。

「……ひとつ、私から言わせていただいてもよろしいですか?」

 咲耶はまっすぐに野風を見た。

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