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三十年前②

「こんなに良くしていただいていいのかしら……」

 市は不安げな顔で大助を見た。

「いいのかって言ったって……。あいつが勝手にやってることなんだから……。俺は知らねぇよ……」

 大助はそう言うと市から視線をそらした。


 見知らぬ男についていくと、大助と市、二太郎は古びた長屋に案内された。

 男はここで待つように言うと、三人を置いてすぐに去ったが、しばらくそこで待っていると医者を名乗る男が現れて、本当に大助の傷の処置をしてくれた。

 訳が分からなかったがとりあえず礼を言って帰ろうとすると、医者を名乗る男がこのままここに住んでいいと言ったのだ。


「何がなんだか俺だってわからねぇんだよ……」

 大助は頭を搔きながら呟いた。


 非人が非人小屋を出ていくことは許されていない。

 小屋にいないことがわかれば、すぐに連れ戻されると思っていた。

 しかし、何日経っても小屋を取り仕切る非人頭(ひにんがしら)が探しに来ることはなかった。


「私たち、本当にここで暮らしてもいいのかしら……」

 市は静かに目を伏せた。


 医者を名乗る男が、三人の着るものや食べ物を運んできてくれた。

 最初は長屋の中に閉じこもっていた大助と市だったが、男が持ってきた着物に着替えて恐る恐る外に出てみると、誰も三人を気に留めないことがわかった。

 それどころか、子どもが三人で住んでいるとわかると、皆が三人を気にかけてくれた。


「誰も……私たちが非人だって気づかないのね……」

 市は苦笑いした。

「当たり前だ。俺たちは非人だって札を下げて歩いてるわけじゃねぇんだ。身なりを整えて、長屋に住んでりゃ……普通のやつらと何も変わらねぇよ……」


 今まで三人を気にかけてくれる者など誰もいなかった。

 それが身なりを整え、長屋で暮らし始めただけで、信じられないほど町の人たちは優しくなった。


「非人と普通の人間の見分けもつかねぇクセに……なんでああも毛嫌いするんだか……」

 大助は吐き捨てるように呟いた。

「私は……もし、もし許されるなら、ここで暮らしたい……」

 市は縋るように大助を見た。

「ここでなら二太郎も安心して暮らせるんだもの……」

 市はそう言うと、布団でスヤスヤと眠る二太郎を見た。

 医者を名乗る男にもらった薬で、二太郎の発疹も治まっていた。


「それができるなら、な……」

 大助も市と同じように二太郎を見る。

 二太郎は未だにうまく言葉が話せなかった。

 それが精神的なものなのかどうかはわからなかったが、体も弱くすぐに病にかかる二太郎が非人小屋の中で長く生きていけるとは思えなかった。


 そのとき、長屋の戸を叩く音が聞こえた。

 大助と市は顔を見合わせる。

「あ、はい……」

 市は慌てて、戸に駆け寄ると細く戸を開けて外を見た。

「こんにちは。どうかな、ここでの暮らしは」

 そこには、三人をここに連れてきた男が立っていた。

「あ、あなたは……!」

 市は男を見上げると慌てて戸を開き、男を長屋の中に招き入れた。

「あ、あの……、ありがとうございました……! 私たちを……ここに連れてきてくださって……。大助の傷と、二太郎の発疹も診てもらえました……。それから……」

「何しに来たんだよ」

 市の言葉を遮るように大助はそう言うと、すばやく男と市のあいだに入った。

「大助、そんな言い方……」

「おまえの目的は何だ。何が目的で俺たちに近づいたんだよ」

 大助は市の言葉を無視して男を睨む。

「大助……!」


 男は、二人の様子を見てにっこりと微笑んだ。

「約束を果たしに来たんだよ」

「約束……?」

 大助は眉をひそめる。

 大助には男と約束をした覚えなどなかった。


「思ったより早く果たせそうでよかったよ。さぁ、一緒においで。君を、()()()()にしてあげよう」

 男はそう言うと手を差し出した。

「……え?」

 大助は目を見開く。

 男の目は、真っすぐに大助の後ろにいる市を見つめていた。

 大助は慌てて市を振り返る。

 市も大助と同じように目を見開き、困惑した表情で男を見つめていた。

「え……、それは一体どういう……」

 市の言葉に、男はただ微笑むだけで何も答えようとはしなかった。

 市は引きつった顔で、ただ茫然と男を見つめ続けていた。

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