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三十年前①

 少年たちが、二人の子どもを取り囲むように立っていた。

「な、何ですか……?」

 少年たちに囲まれた少女は、腕の中の子どもを守ろうと強く抱きしめた。


「おい、そいつを連れてさっさと帰れ! ここはおまえらみたいな非人(ひにん)が来るところじゃない! それに、おまえの腕の中にいるそいつ、何かの病気だろ! こっから先は俺たちの町だ! そんな汚い身なりでのこのこ来て、病でも広める気か?」

 少年のひとりが、痺れを切らしたように少女の肩を押した。

 痩せた少女は子どもを抱きしめたままよろけ、その場に倒れた。

「や、病じゃありません……! 少し肌が弱いだけで……」

 少女は少年たちを見上げ、か細い声を上げた。


「嘘つけ! その斑点は絶対何かの病気だろ!? 病を町に持ち込むな! 迷惑なんだよ! おまえら非人は非人小屋(ひにんごや)から一歩も出るな! そこで大人しくしてればいいんだよ!」

 少年は少女を睨みつける。

「薬が……薬がほしいだけなんです……」

 少女は絞り出すように言った。

「薬!? やっぱり病じゃねぇか!」

「ち、違います! 痒みを抑える塗り薬がほしいだけで……!」

「言い訳するんじゃねぇ!」

 少年はそう言うと、子どもを踏みつけようと足をあげた。

 少女が咄嗟に子どもを庇いうずくまると、ほぼ同時に少年の足が少女の背中を踏みつけた。

「ッ……」

 息苦しさで少女の顔が歪む。

「……やめて……ください」


「どうせ金も持ってないんだろ! 物乞いの分際で! 何が薬だ!」

「まったくだ!」

「なぁ、触りたくなかったけど、もう強引に非人小屋まで引きずっていくか?」

「それしかないか……。はぁ、手が汚れる……面倒かけさせやがって……」

「これだから、ひ……」

 少年の声が不自然に途切れると、次の瞬間どよめきが広がった。

 背中を踏みつけていた少年の足の重みが消え、少女はおずおずと顔を上げた。


 そこには、少女を守るように背を向けて立っている少年の姿があった。

大助(だいすけ)……」

 少女は大助を見上げると呟いた。

 大助の向こうには、殴られたのか頬を赤くした少年がこちらを睨んでいた。

「大丈夫か? (いち)

 大助はわずかに市を振り返る。

「大丈夫……」

 市は頷くと、腕の中の子どもを見つめる。

二太郎(にたろう)も平気か?」

「うん……」

 二太郎はすっかり怯えてはいたが、どこも怪我はしていなかった。

「そうか、それならよかった……」

 大助はホッとしたように息を吐いた。


「おい! 何すんだよ! 非人がこんなことしていいと思ってんのか!?」

 大助に殴られた少年は頬だけでなく、顔を真っ赤にして怒鳴った。

「おまえらこそ、女と子ども相手に寄ってたかって。恥を知れ!」

「なんだと!?」

「悔しかったらかかってこいよ、相手してやる」

 大助がそう言うと、少年たちは顔を見合わせわずかに後ずさる。

 年は同じくらいだったが、大助は少年たちよりも明らかに体格がよかった。


「ほら、どうした? かかってこいよ。女相手じゃなきゃ何もできねぇのか?」

 大助の言葉に、殴られた少年は顔を真っ赤にしたまま奥歯を噛みしめた。

「馬鹿にしやがって……! 非人風情が……!」

 少年はそう呟くと、足元にあった石を手に取った。

「……死ね!!」

 少年はそう言うと、拳ほどの大きさの石を勢いよく大助に向かって投げた。


「大助……!!」

 市は叫んだが、大助は避けなかった。

 石は大助の額に当たり、重い音を立てて地面に落ちる。

「だ、大助……!」

 市が慌てて大助に駆け寄った。

 大助の額からはかなりの量の血が流れていた。

 市は目を見開く。


 少年たちは、大助の額から流れる血の量に驚き、青ざめた顔でお互いの顔を見合わせていた。

「お、おまえが悪いんだからな……! お、俺たちは悪くない! もう……行こうぜ……」

 少年たちはそう言うと、逃げるように連れ立って去っていった。


 大助は小さく舌打ちした。

「まったく。これぐらいの血でビビるくらいなら、こんなことするんじゃねぇよ……」

 大助はそう呟くと、市を見た。

「大助! 血が……!」

 市は慌てて自分の着物の袖を破ると、大助の額に当てて傷口を押さえた。

 清潔ではない布を傷口に当てることに一瞬躊躇したが、それより血を止めることを優先した。

 傷口に当てた布はすぐに真っ赤に染まった。

「ど、どうしよう……。傷が深いわ……。とにかく医者に……」

「これぐらいどうってことねぇよ。血なんてほっとけば止まるさ。それよりおまえと二太郎は本当に大丈夫か?」

 大助は気遣うように二人を見た。

「私たちはなんともないわ。……それよりあなたの傷が……」


 そのとき、ふいに三人に影が差した。

「おやおや、怪我をしたのかな?」

 大助と市は突然現れた男に驚き、目を見開いた。


 穏やかな顔をした男は、三人に向かって優しく笑いかける。

「どれ、見せてごらん?」

 男は大助の額に手を伸ばす。

「さ、触るな!」

 大助は思わず伸ばされた手を振り払った。


 男は驚いた様子もなく、大助をにこにこと見つめていた。

「何もしないさ。ほら、隣の子が心配しているよ。私なら医者も紹介してあげられるから、少し見せてみなさい」

「そんなの……!」

「大助!」

 大助の言葉を、市が遮る。

「医者を紹介してくれるって……。見てもらって。お願いよ……」

 市は泣きそうになりながら大助を見つめた。

 大助は市をしばらく見つめた後、小さく舌打ちした。


「わかったよ……」

 大助は不満げな顔のまま、男に傷口を見せた。

「ああ、これは傷が深いな。医者に診てもらった方がいい。ただ……痕は残るかもしれないね」

 男は大助の傷口を見つめながら言った。

「別に痕なんてどうだっていい」

 大助は吐き捨てるように言った。

「医者に診せたところで、どうせ何もしてくれやしねぇよ! 非人ってだけで嫌な顔して追い出されるのがオチだ。あんただって俺たちのなり見て気づいてるんだろ? 非人なんて診てくれる医者がどこにいる!」

 大助の言葉に怯む様子もなく、男はにっこりと笑うとゆっくりと大助に手を伸ばした。

 大助が反射的に後ずさりしたが、男は構わず大助の頭を優しく撫でた。

 大助は目を見開く。

「今まで大変だったね。……非人はそんなに嫌かい?」

「……は?」

 大助は男の手を振り払う。

「嫌に決まってんだろ! 俺は親が罪人だってことで非人になったんだ! 俺は何もしてねぇのにだぞ! こいつらだってそうだ。親が金借りて知らない土地に逃げたせいで非人に落ちた。それで、もう人じゃねぇとか言われて……おかしいだろ……こんなの!」

 大助は奥歯を噛みしめた。


「大助……」

 市は思わず目を伏せる。


「そうだね。そうかもしれないね……」

 男はそう言うともう一度大助の頭に手を置いた。

「非人が嫌なら、私について来るかい?」

「は?」

 大助は男を睨みつけた。


 男は妖しげに目を細めるとゆっくりと口を開く。

「もし君たちが望むなら、私がいつか、君たちを()()()()にしてあげよう」


「……え?」

 大助と市は言葉の意味がわからず、ただ呆然と男を見つめた。

 このときの二人は、それが何を意味するのか、まったくわかっていなかった。

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