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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第九章~蓮~
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七年前③

 茜は急いで部屋に戻ると、その場に崩れ落ちた。

(やはりお父様たちが……)

 茜は震える手を握りしめた。

(直接何もしていないと言っていたけど……永世様と鈴様以外、屋敷中の人が亡くなっている……)

 茜は強く瞼を閉じた。

「どう考えても……許されることじゃない……」


『起きたことはもうどうすることもできない』

 父親の言葉が、茜の頭の中に響く。


(どうしようもない……。それでも……)

 茜はゆっくりと目を開けた。

「永世様や鈴様は……真実を知る権利があるはずよ……。その結果、私たちがどのような罰を受けようと……」

 茜は顔を上げると、ゆっくりと立ち上がった。


 茜は硯箱を取り出し、机に向かう。

(私にできることは……)


 茜は紙を取り出すと墨をすった。

(私にわかるのは、この件で屋敷に出入りしていた人たちの名前だけ……。それぐらいしかわからないけれど……)

 茜は筆の先に墨を浸し、紙にその名前を書き始めた。

(この人たちを調べてもらえれば、きっとわかることもあるはず……。この名簿だけでも佑助のお父様に渡せれば、きっと……)

 茜はわかる限りの人物の名前を紙に書き記した。

 数名名前がわからない人物もいたが、ほとんどの人物の顔と名前を茜は知っていた。


「ああ、そうか……。この人たちはみんな…………」

 茜はわずかに目を見張る。

 屋敷を頻繁に訪れていた人物には共通点があった。

「これは……偶然……なのかしら……」

 茜は静かに首を横に振った。

(ここで考えていても何もわからないわ。今度、佑助の家に行けたときに、佑助のお父様に渡して調べていただこう……)


 茜はそう決意すると、紙を束ねて戸棚に仕舞った。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 茜の父親はひとりになると小さく息を吐いた。

(茜……)

 茜の父親は頭を抱える。

(わかってくれただろうか……。いや、納得はしていないだろう……。本当に良い子に育ってくれたというべきだろうが……、一体どうすれば……)


 そのとき、襖を叩く音が聞こえた。

「……野田様、今よろしいですかな?」

 低い男の声が響き、茜の父親は慌てて立ち上がって襖を開けた。


「すみません、気がつかずに……。もうお帰りになりますか? 私の方ももう少しで終わりますので……」

 茜の父親の言葉に、男は微笑んだ。

「野田様の方がいろいろあるでしょうから、ゆっくりで構いませんよ。私は夜も更けてきたので、そろそろ一旦屋敷に戻ろうかと思いまして」

「そうですか……。何のお構いもできず申し訳ございません……」

「いえいえ、お気になさらず」

 男はそう言った後、何か思い出したように茜の父親を見た。

「あ、そうそう。お聞きになりましたか? 笠本の当主が私たちを探っているそうです」


 茜の父親は目を見開く。

「笠本……ですか……?」

「ええ、そうです。以前、野田様が引き込もうとされていた笠本様です。あのとき、今回の件について何かお話しになったのではありませんか?」

「そんな……!」

 茜の父親は思わず声を大きくした。

「私は何も話していません……! あいつは何も知らないはずです……!」

「そうなのですか? 笠本の家に送り込んでいる者から、そのように聞いたのですが……。何でも今回の件の証拠を小屋に隠している……とか」

「証拠……?」

 茜の父親は顔から血の気が引いていくのを感じた。

(証拠とは何だ……? ほとんどの者は直接関わっていないはずだ……。証拠とは一体……)


「何かはわかりませんが、念のため消しておいた方がいいでしょうね……」

 男は何か考えているような様子で顎に手を当てた。

「ある場所だけはわかっているのですから、小屋ごと燃やしてしまいましょうか」

「小屋ごと……ですか?」

 茜の父親は呆然と聞いた。

「ええ、ご友人である野田様の方が笠本についてご存じでしょうから、お願いしてもいいですかな?」

「それは……はい……。ただ、その小屋にはよく笠本の息子がいるようなので……」

「それなら、子どもごと燃やしてしまえばいいのでは?」

「なっ……!」

 男の言葉に、茜の父親は言葉を失う。

(子どもごと……燃やす……?)


 茜の父親が動揺を隠せずにいると、男はフッと笑った。

「冗談ですよ。子どもが外に出たのを確認した後、火を点ければいいのですよ。そう難しいことではないでしょう?」

「そ、そうですね……」

 茜の父親は、少しだけホッとしてぎこちなく微笑んだ。

「わかりました……」

「早い方がいいでしょうからね。……野田様、頼みましたよ」

 男はそう言うと、茜の父親の肩を軽く叩いた。

「はい、承知しました」

 茜の父親の言葉に満足したように、男は優しく微笑んだ。

「それでは、私はこれで失礼しますよ。お見送りは結構ですから、野田様は仕事を続けてください。では、これで」

 男はそう言うと、茜の父親に背中を向けた。

「あ、はい……。それでは、また。お気をつけてお帰りください」

 茜の父親は、男の背中に深々と頭を下げた。


 そのとき、背を向けた男が妖しく笑っていたことに、茜の父親が気づくことはなかった。

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