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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第九章~蓮~
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七年前②

 急いで屋敷に戻った茜は、すぐに父親の部屋に向かった。

 日はすっかり沈み、屋敷の廊下は仄かな灯りがあるだけでひどく薄暗かった。


 茜は父親の部屋の前に立つと、ゆっくりと息を吐いた。

「お父様……。茜です……」

 茜は襖に片手を当て、中に向かって声を掛ける。


「……どうした?」

 襖の向こうから、少しかすれた父親の声が聞こえた。

「入っても、よろしいですか?」


 しばらく沈黙が続いた後、襖の向こうから小さな返事があった。

 茜はゆっくりと襖を開ける。

 父親は茜に背中を向けるように座り、机に向かって何か書き物をしているようだった。

 灯りは点いていたが、父親の部屋は廊下よりもさらに暗く感じられた。

「お父様……」

 茜は父親の背中に声を掛ける。


「……どうした?」

 父親は茜に背中を向けたまま聞いた。

「何か急ぎの用か……? 悪いが少し立て込んでいて……」

「お父様が……やったのですか……?」

 茜の言葉に、父親は動きを止める。


「……何の話だ……?」

 父親は振り向かなかった。


「橋本様の件です……。お父様たちが……やったのですか……?」

 茜は、声の震えを抑えることができなかった。


「何を言っている……」

「お父様たちが計画していたのは、これだったんでしょう……!?」

 茜は込み上げるものを抑えきれず、自然と強い口調になった。

「どうして……! どうしてこんな酷いことを……!?」


 父親は少しだけ振り返ると茜を見た。

「……忘れろと……言ったはずだ……」

 父親はゆっくりと立ち上がり、茜の方に足を向けた。

 近づくにつれて灯りに照らし出される父親の顔は、ひどく苦しげだった。


「忘れられるわけがないではありませんか……! 橋本様が何をしたと言うのですか……!? こんなことをされるような、何か罪を犯したのですか!?」

 茜が言葉に、父親は静かに視線をそらした。

 茜には、それが父親の答えに見えた。

「何の罪もないのに……こんなことをなさったのですか……? どうして、そんな……!」


「私たちが……直接何かしたわけではない……」

 父親は絞り出すようにそう言うと、茜の両肩を掴んだ。

「いいか……! これはずっと前から決まっていたことなんだ……。私が知るよりも、おまえが生まれるよりもずっと以前から……決まっていたことだ……。ここまでのことになるとは思わなかったが……。仮に私が何かしたとしても……橋本家が崩壊することは……変えられなかっただろう……。だから……」

 父親はそこまで言うと静かに目を閉じた。

 茜の肩を掴む手は、かすかに震えていた。


「……それは、どういう意味なのですか……?」

 茜は父親の手に、そっと自分の手を重ねた。

「教えてください……。一体何が……」

「忘れろ」

 父親は目を開けると、真っすぐに茜を見た。

「忘れるんだ、すべて! 起こったことは変えられない。おまえは、これからのことを考えて生きるんだ」

「しかし……!」

 父親はそれだけ言うと、茜の肩から手を放し、茜に背中を向けた。


「さぁ、もう部屋に戻るんだ……。立て込んでいると言っただろう?」

 父親はそう言うと、机の方へ戻り腰を下ろした。


 茜は静かに目を閉じた。

「また今度……お話しをさせてください……。今日は……これで失礼いたします……」

 茜はそれだけ言うと、足早に部屋を後にした。


 そのとき、廊下で二人のやりとりをじっと聞いていた者がいた。

 しかし、茜も父親も、その存在に気づくことはなかった。

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