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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第九章~蓮~
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七年前①

 花見の日から、茜は屋敷の外に出ることを制限された。

 叡正に会うどころか、佑助に会うことさえ許されなかった。

(このままでは……)

 茜は焦っていた。

 計画がどのようなものなのかはわからなかったが、屋敷を訪れる者たちの来る頻度がここ最近高くなっているのは茜にもわかった。

(早く伝えなくては……)


 茜は部屋の襖を開けて廊下を確認した。

(よし、今なら誰にも気づかれない……)

 茜は足音を立てないように、そっと廊下に出ると人目を気にしながら、足早に屋敷の門に向かった。


「あ、茜様……!」

 門の前に立っていた奉公人が、茜を見て目を丸くした。

「また抜け出して……。ダメですよ……」


「お願い! すぐそこの佑助の家に行くだけだから見逃して! すぐ戻るから! お願い! 前も大丈夫だったでしょう……?」

 茜は胸の前で両手を合わせると、奉公人を見上げた。

 叡正の家まではかなりの距離があるため屋敷を抜け出していくことは難しいが、佑助の家ならばバレないうちに戻ることができた。


「このあいだは……運が良かっただけですよ……」

 奉公人は泣きそうな顔で茜を見る。

「お願い! もしバレたときには塀を乗り越えて屋敷を出たって言うから! ね、お願い!」

 茜は深々と頭を下げる。

「あ、そんな、茜様……頭を上げてください……。もう……わかりましたから……」

 奉公人は慌てて言うと、頭を抱えた。

「本当にすぐ戻ってきてくださいよ……?」

「ありがとう! 大丈夫! すぐ戻るわ!」

 茜は頭を上げると、にっこりと笑った。


 茜は奉公人に手を振ると、辺りに注意しながら門を出た。

 茜は足元を見る。

 足から伸びる影は長く、日が沈むまでにもうあまり時間がないことがわかった。

(急がないと……)

 茜は足早に、佑助の家へと向かった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 佑助の家に着くと、茜は軽く門を叩き、物陰に隠れた。

 しばらくすると門が開く音が聞こえ、奉公人が出てきたようだった。

 茜は物陰から少しだけ顔を出した。

 辺りをキョロキョロと見ていた奉公人は、少しして小さく微笑んだ。

「また、茜様ですか?」


 茜はその声を聞き、安心して物陰から出た。

「はい……。また来てしまいました……」

 茜はそう言うと、奉公人に微笑んだ。

 以前茜が佑助の家に来たとき、周りにバレないように屋敷に入れてくれた奉公人だった。

「茜様と佑助様は本当に仲が良いですね……。さぁ、誰も見ていないうちにどうぞお入りください」

 奉公人は声を潜めると、茜に入るように促した。

「本当にありがとうございます」

 茜は深々と頭を下げると、門を抜けて足早にいつもの小屋へと向かった。


 小屋に向かう際、何人か奉公人と目が合ったが、奉公人たちは苦笑いすると見て見ぬフリをしてくれた。

(本当にこの屋敷の人たちはいい人ばかりね……)

 茜は微笑むと、小屋の戸を勢いよく開けた。


「うわぁ……! ……ビックリした」

 小屋の中で、佑助は目を丸くして茜を見た。

「また……突然入ってきて……ビックリするだろう……?」

 佑助は胸に手を当てて、ゆっくりと息を吐いた。


 茜はすばやく小屋の中に入り戸を閉めると、佑助の前に腰を下ろした。

「ゆっくり戸なんて叩いたら、来たことがバレちゃうでしょ?」

 茜は声を潜めて言った。

「いや……もうだいたいの奉公人にはバレてるよ……。このあいだも『仲がよろしいですねぇ』って冷やかされたし……」

「佑助のお父様にバレたらまずいでしょ?」

「まぁ、そうだけど……」

 佑助は頭を掻いた。


「それで、どうだった? このあいだの話、佑助のお父様に話してくれた?」

 茜は早速本題に入った。

 茜の言葉に、佑助の顔が曇る。

「うん……、話そうとはしたんだけど……」

 佑助は静かに目を伏せた。

「『野田家のことで話したいことが……』って言った瞬間、『あの家とは関わるな!』って怒鳴られちゃって……、全然話せる雰囲気じゃなかったよ……」

「そう……」

 茜は視線を落とした。


 前回この屋敷に来たとき、茜は佑助にあるお願いをしていた。

 それが『野田家のことで話があるので、時間をとってもらいたい』と伝えてもらうことだった。

 手紙を出すこともできず、屋敷から出ることも許されなくなった茜には、もう佑助の父親を頼るほか道がなかった。


「そもそも、茜が父上に話したかったことって何なの?」

 佑助は不思議そうに首を傾げる。

 茜は、佑助に家での出来事を話していなかった。

「それは……」

 茜は思わず目をそらした。

 できる限り、佑助をこの件に巻き込みたくなかった。


 そのとき、小屋の外が急に騒がしくなった。

 奉公人たちの声はいつもより大きく、小屋の中にいた二人にもその声ははっきりと聞こえた。


「どうしたのかしら……」

 茜と佑助は視線を合わせた後、じっと外の声に意識を集中させた。


「え!? 本当に……? そんな……まさか……」

「いや、本当らしい……。今、町はその話で持ち切りだ……」

「え、だって、あの橋本様でしょ……? そんなことするわけないじゃない……」

「そうはいっても、実際に屋敷が燃えてるのを見たって人が……」

「……なんだ? 何の話だ?」

「あんたまだ聞いてなかったの!? 橋本様の話よ」

「橋本様って……旗本の?」

「そうよ。その橋本家の当主が……ご子息とご息女以外の……屋敷中の人間を皆殺しにして、火をつけて……逃げたって……」

「は!? なんだそりゃ! そんなことあるわけないだろ!? え、あの橋本様だろ? 真面目で有能ってことで有名な……あの橋本様が……?」

「どうやら本当みたいよ……」

「そんな……嘘だろ……? 本当だったら大事件だぞ……」


 茜は自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。

(橋本家が……。お父様たちが言っていたのは、このことだったの……?)


「茜……顔色が悪いよ? 大丈夫……?」

 佑助が茜の顔を覗き込むように聞いた。

 茜は佑助に向かってなんとか微笑むと、片手で顔を覆った。

 

(間に合わなかった……。これはきっと……お父様たちが何か仕掛けて起こしたこと……)

 茜にはその確信があった。


 顔を覆う手は、気がつくと震えていた。

 茜の脳裏に、花見のときに見た叡正と鈴の無邪気な笑顔が浮かぶ。

「永世様、鈴様……」

 茜は絞り出すようにそう呟くと、両手で顔を覆った。

「本当に……ごめんなさい……」

 茜の震える声はか細く、佑助の耳にその謝罪の言葉は届かなかった。


 茜は永世や鈴のことを想い悲しんでいる。佑助がわかったのは、それだけだった。

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