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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第九章~蓮~
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八年前①

「どうしたの? 最近元気がないけど……」

 佑助は茜を見つめ、心配そうな顔で聞いた。

 茜は慌てて首を振る。

「そんなことないよ。ただ、ちょっと考え事があって……」

 茜は目を伏せた。

 父親が橋本家に何かしようとしているのを知ってから、まもなく一年が経とうとしていた。

 茜は、叡正にこのことを伝えようと手を尽くしたが、叡正と会える機会が少ないうえ、二人になれる時間などあるはずもなく、ただ時間だけが過ぎていた。

(早く伝えなければいけないのに……)


「本当に大丈夫?」

 佑助はもう一度茜に聞いた。

「今からでも花見はやめて帰ろうよ。人も多いし……」


「ううん、本当に大丈夫だから」

 茜は佑助の気づかいに、思わず微笑む。


 今日は花見のために、奉公人とともに桜の名所である隅田川沿いへ向かっていた。

「大丈夫よ。佑助に桜を描いてもらいたいし」

 茜は遠くを見つめながら言った。

「桜は……わざわざ見に行かなくても描けるよ?」

「私と一緒に見た桜を描いてほしいのよ」

 茜はゆっくりと佑助の方を向いた。


「え、……誰と見ても桜は桜だと思うけど……」

「何もわかってないのね」

 茜は呆れ顔で佑助を見る。

「誰と見るかで景色の見え方は違うのよ。まだ若いから違いがわからないのかしら」

「若いって……。僕ら同じ年でしょ……? まぁ、いいけど……」

 佑助は苦笑する。

「茜と一緒に見た桜を描けばいいんだね……」

「そうよ」

 茜はうんうんと何度も頷く。


「あ、そうだ」

 佑助は何かを思い出したように声をあげた。

「前に頼まれてた絵を描いて持ってきたんだ……」

 佑助はそう言うと、懐から紙を取り出す。

「これなんだけど……」

 佑助が紙を広げ茜に渡そうとした瞬間、強い風が吹いた。

 風で砂埃が舞い、茜は思わず目を閉じる。


「あ……!」

 佑助の声に茜が目を開けると、佑助が手に持っていた紙は飛ばされて宙を舞っていた。

「あ、追いかけましょう!」

 茜はすばやく佑助の手首を掴むと、紙を追って走り出した。


 幸い、風はすぐに止み、紙はひらひらと地面に落ちた。

「よかった……」

 茜がそう呟いたとき、紙に誰かの手が伸びる。

「あ……」

 茜は、紙を拾った誰かに声を掛けようと顔を上げた。


「あれ? 茜……?」

 そのとき、紙を手にこちらを見た少年が茜に声を掛けた。


 茜は目を見開く。

「永世様……?」


 叡正は奉公人や家族とともに歩いていたが、ひとり立ち止まりこちらを見ていた。

(こんなところで会えるなんて……!)

 茜は自分の鼓動が早くなるのを感じた。


「これは茜が描いた絵なのか? すごく上手いな!」

 叡正は目を輝かせて、茜を見た。

「あ、いえ……。その絵は私の友人が描いたもので……」

 茜は慌てて横にいた佑助を見て耳元で囁く。

「ほら、蓮見のときに話した永世様よ」

 佑助はハッとしたように叡正を見た後、深々と頭を下げた。

「お初にお目にかかります。私は佑助と申しまして……」


「おお、これはおまえが描いたのか! すごいな!」

 叡正は佑助に近寄ると、絵を見ながら微笑んだ。

「今、ほかにも絵はあるのか?」

「え、あ、はい……。少しなら……」

 佑助は懐から二枚ほど紙を取り出すと、叡正に渡した。

「ああ……。本当にすごく上手い……!」

 叡正は受け取った紙を広げながら、目を輝かせていた。

「いつか俺の絵も描いてほしいくらいだ」

 叡正はにこやかに笑った。


「あ、はい……」

 佑助は照れたように耳を赤くしながら、チラリと茜を見た。

(嬉しそうにしちゃって)

 茜は佑助に向かってクスッと笑うと、叡正に視線を戻した。

(今なら……話せるかもしれない……)

 茜は意を決して叡正を見た。


「あ、あの……! 少しお話ししたいことが……!」

 茜の言葉に、叡正は視線を上げる。

「ん? なんだ?」

 叡正は瞬きをすると、茜を真っすぐに見つめた。


「あ、あの……実は……!」


 そのとき、背後に人の気配を感じた。

「ああ、茜ちゃんじゃないか……」

 低く暗い声とともに、茜の肩に誰かの手がかかる。

 茜は顔から血の気が引いていくのを感じた。

「どうしたんだい? こんなところで」


 茜は恐る恐る後ろを振り返る。

 そこには、笑みを浮かべた男が立っていた。

 茜は目を見開く。

 その男は、最近茜の屋敷を頻繁に訪れ、父親と険しい顔で話している男だった。

「おや、永世様と何の話をしていたんだい?」

 男の顔には笑みが浮かんでいたが、その声はどこか威圧的だった。

 茜は思わず視線をそらす。

「い、いえ……。永世様が……友人の絵を褒めてくださったので……。どこの景色を描いたものか説明しようかと……」


「おお、そうだったのか。しかし、永世様はお忙しいんだ。あまりお引き留めしてはいけないよ」

 男はにっこりと笑った。

「そ、そうですね……」


「あ、いや、俺は別に……」

 叡正がそう言いかけたとき、叡正に駆け寄る影があった。


「お兄様!」

 影は颯爽と叡正の腕を取る。

「どうした? 鈴」

 叡正は不思議そうに腕を掴む鈴を見た。

「もう! 本当に気が利かないんだから! お兄様がいたら邪魔でしょ!」

 鈴は、チラリと茜と佑助を見る。

 そのとき茜は、ようやく自分が佑助の手首を掴んだままだったことに気づいた。

「あ、いえ、これは……!」

 茜は慌てて言ったが、鈴は困ったように笑い、首を横に振った。

「お兄様が本当にすみません。すぐ連れていきますから。お兄様はもう少し空気を読むことを覚えなさい!」

 鈴は、強引に叡正の腕を引いていく。


「ちょ、おい、待て……」

 叡正は急いで紙を茜に返すと、頭を下げた。

「よくわからないが、悪かったな……。話は、また今度聞かせてくれ! じゃあな!」

 叡正はそれだけ言うと引きずられるように去っていった。


「話、か……」

 茜の背後で男が呟く。

 茜の背中に冷たいものが走った。

「ええ、絵の話です」

 茜は可能な限り明るく答える。

「そうか。確かに、いい絵だな」

 言葉に反して、男の顔はひどく冷たかった。


「ねぇ、茜。もう行こう」

 佑助が茜の顔を覗き込んだ。

「そ、そうね。すみません、こちらで失礼します」

 茜は男に一礼すると、ゆっくりと歩き始めた。


「……大丈夫?」

 佑助が小さな声で茜に聞いた。

「手……震えてる……」


 茜はハッとして掴んでいた佑助の手首を離す。

 佑助の手首には、赤く跡が残っていた。

「ご、ごめん!」

 茜は慌てて頭を下げた。

「い、痛かったでしょ? 本当にごめん……」

「赤くなってるだけで全然痛くなかったから大丈夫だよ。それより今日はもう帰ろう? やっぱり調子が悪そうだから……」

 茜は佑助をしばらく見つめたが、静かに目を伏せた。


「そうね……。本当にごめん……」


(私は一体……何をやっているの……?)

 茜は唇を噛んだ。

 無力な自分が情けなくて仕方なかった。

仕事がバタバタとしていて更新が遅く申し訳ありません(T ^ T)

まだもう少し更新が遅い日々が続きますが、きちんと書いていきますので、どうぞよろしくお願いいたします!!

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