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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第九章~蓮~
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十年前②

(本当に来た……)

 佑助は小屋の前に立つ茜を姿を見て、心の中で溜息をついた。

「ああ、やっと来た」

 茜は佑助に気づくと、にっこりと微笑んだ。

「やっと来たも何も……約束してたわけでもないのに……」

 佑助は下を向いてブツブツと呟く。

「約束したじゃない。今度絵を描くところを見せてくれるって」

 茜は、何を言っているんだという顔をした。


(あれは約束したとは言わないんじゃ……)

 佑助が目を泳がせていると、茜は鼻を鳴らす。

「まぁ、そんなことはどうでもいいから、小屋の中に入れて。ここに籠って絵を描くつもりなんでしょ? 私はそれを勝手に見てるから」

「勝手に見てるって……」

 佑助は茜を見つめた。

 まったく引き下がる気がなさそうな茜の様子に、佑助は気づかれないように小さく息を吐いた。


「わかったよ……。どうぞ……」

 佑助は重い足取りで小屋まで歩いていき、戸を開けた。

 茜は満足そうに頷くと、佑助より先に小屋の中に入った。


「お邪魔します。やっぱり埃っぽいわね」

 茜はなぜか楽しそうにそう言うと、佑助を振り返った。


(埃っぽいと思うなら来なきゃいいのに……)

 佑助は引きつった笑顔で、茜に応えた。

「それで今日は何を描くの?」

 茜はその場に腰を下ろした。

「ああ……えっと、描きかけの鳥を仕上げようかと……」

 佑助は棚から紙と絵具箱を取り出すと、茜から少し離れたところに腰を下ろした。


「鳥って何の鳥?」

 茜は四つん這いで佑助に近づくと、紙に描かれた絵を覗き込んだ。

「ちょ、ちょっと……!」

 佑助は思わず身を引いた。


「これは……(うぐいす)?」

「あ、ああ……」

「鶯を飼ってるの?」

 茜は目を輝かせて佑助を見た。

「あ、いや、このあいだ庭先で鳴いてたから……」

 佑助はこの近さで茜の目を真っすぐに見ることができず、顔を背けて横目で茜を見た。

「庭で鳴いてるのを見ただけで、こんなに描けたの?」

「うん……。まぁ、覚えてるから……。あの……描けないからちょっと離れてくれる……?」

 佑助がなんとかそう口にすると、茜は意外なほど素直に佑助から離れた。

 佑助はホッとして息を吐く。


 絵具箱を開けて、佑助は顔料を水で溶いた。

 美しい鶯色が広がっていくのを見ながら、佑助はこの前に見た鶯を思い出していた。

 佑助は筆を手に取ると筆先を鶯色に染める。

 茜は意外にも静かに、佑助の絵を見つめていた。

 あまりにも静かだったため、佑助は途中から茜がいることも忘れ、ただ絵を描くことに没頭していた。


 佑助が茜のことを思い出したのは、手元が暗くなり絵が見えなくなってきた頃だった。

「あ、しまった……!」

 佑助が慌てて顔を上げると、茜は瞬きもせず絵を見つめていた。


「ご、ごめん……! ぼ、僕、絵を描き始めると周りが見えなくなっちゃうから……。もう日が暮れかけてるよね……! 君のお父様が心配してるんじゃ……」

「綺麗ね……」

 慌てる佑助の言葉を遮るように、茜が言った。


「え?」

「すごく綺麗ね。この鶯は、本当にこんなに美しかったの?」

 茜は絵を見つめたまま聞いた。

「え……、そ、そうだね……。僕は見たままを描いてるだけだから……」

「そう……」

 茜は顔を上げると、今度は佑助に顔を近づけ、佑助の目を見つめた。


「な、何!?」

 佑助は思わず身を引いた。

「あなたの目が特別なのかしら……。この目を(えぐ)り出して私の目にはめたら、私もこんなふうに見えるようになるのかな……」

 茜の言葉に、佑助の顔から血の気が引いていく。

(な、なんだって……??)

 蛇に睨まれた蛙のように、佑助は茜の丸い目から視線を逸らすことができなかった。

 ふいに、その目が弧を描く。


 茜は顔をそらすと、フッと吹き出した。

「ふふ、冗談よ。そんな、真に受けないで」

 茜は楽しそうに笑った。

「抉った目をはめて、同じように見えるなんて考えるはずないでしょ? ちょっと羨ましくなっただけよ」

 佑助はただ呆然と茜を見ていた。

 笑われたのに不思議と嫌な気はしなかった。

 佑助の目には、ただ茜の笑顔だけが眩しく映っていた。


「ねぇ、いつか私のことも描いてくれない?」

 茜は笑い終えると、佑助を見つめた。

「ん? 君を……?」

「そう、私を。あなたの目に……私がどんなふうに映るのか興味があるの」

 そう言った茜の顔は、先ほどとは違いどこかぎこちない笑顔だった。

「え、あ、うん……。別にいいけど……」

 ぎこちなさが気になり、佑助は自然とそう返事をしていた。


「ありがとう。今度こそ約束よ」

 茜はそう言うとにっこり微笑んだ。

「うん、今度は本当に約束する」

 佑助は目を細めた。

 小屋は薄暗くなり始めていたが、そのときの茜の明るい顔はいつまでも佑助の頭に残っていた。

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