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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第一章~山桜~
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願い事

 信はただ静かに叡正と将高を見ていた。

 二人の様子から鈴が息を引き取ったのがわかった。


『ねぇ、信……。私のことはいいから、あなただけでも逃げて』

 鈴の姿に信の記憶が重なっていく。

 懐かしい声とともに焦点の合わない瞳が信を見ていた。

『あなただけなら逃げられるでしょう? 私のために危ないことはもうしないで』

 信を探すように伸ばされた手を信がそっと掴もうとすると、その手は指先から黒い炭になって崩れ落ちた。


「おい、信。どうした?」

 良庵が怪訝な顔で信を見た。

「……なんでもない」

「……そうか? ならいいけど……。おまえも疲れてるんじゃないか?」

「大丈夫だ」

 信はそう言うと戸口に向かった。

「もう行くのか?」

「ああ。俺はこれからやることがある。鈴は明日連れていくから」

 信は振り返らずに言った。

「ああ、わかった」

 良庵の返事を聞くと、信は静かに長屋を後にした。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 咲耶は部屋で夜見世に出る準備を始めていた。

 髪を結い、化粧を終えた咲耶は、帯が崩れないようにゆっくりと立ち上がる。

(無事に会えただろうか……)

 咲耶が窓に近づこうとすると、襖の向こうから緑の声が響く。

「花魁、信様をお連れしました」

 咲耶が返事をすると、信が部屋に入った。

 信は珍しく顔色が悪そうに見えた。

 緑は信を案内すると一礼して外に出ると襖を閉める。


「信、ありがとう。……間に合ったか?」

「ああ」

 咲耶はそっと胸をなでおろした。

「信は大丈夫か? 少し顔色が悪いぞ」

 咲耶は信に近づき、顔をのぞき込む。

「問題はない」

 信は淡々と答えた。

「それならいいが……。信、本当にありがとう。かなり無理をさせてしまったから、今日はもう帰ってゆっくり休んだ方がいい」

 咲耶が微笑んで言うと、信は静かに首を横に振った。

「いや、やることがある」

 信は鋭い眼差しを咲耶に向ける。

「見つけた……」


 咲耶は目を見開く。

「……誰だ?」

「菊乃屋の楼主」

 咲耶は目を伏せた。流れてくる噂から咲耶も疑ってはいたが、ずっと確証が得られていない人物だった。

「どうしてわかったんだ?」

「美津という女が言っていた」

(ああ、美津か……)

 咲耶が美津と話したときにはその話しは出ていなかった。

「今夜、動く」

 咲耶は言葉が見つからず、ただ信を見つめた。

「……無理はするな」

 咲耶はなんとかそれだけ口にした。

 信がどのように生きてきたか少し知っているだけに、咲耶は軽々しく止めることができなかった。

「ああ。鈴は明日連れていく。どこに行けばいい?」

「あ、ああ……」

 咲耶は思い出したように、部屋の隅にある棚に向かい紙を取り出した。

「ここに頼む」

 信は紙を広げてしばらく見つめる。

「わかった」

 信はそれだけ言うと、咲耶の部屋から去っていった。

 咲耶はひとりになった部屋で息を吐く。

 どうすれば信を救えるのか、咲耶はずっと考えていた。

 しかし、答えはわかっている。救う方法などない。

 何より信が救われることを望んでいないのだ。

 咲耶はもう一度長い息を吐き、気持ちを切り替えた。

「さぁ、仕事だ」


 道中のため見世の外に出ると、すでに陽は落ちて通り沿いには灯りがともっていた。

 舞い散る桜が幻想的で妖しげな雰囲気を醸している。

(桜ももう終わりか……)

 桜の見頃は短い。しかし、その儚い美しさが人を惹きつけるのだろう。

 咲耶はいつも以上に多い観衆を意識しながら、一歩ずつ歩みを進めた。


 引手茶屋の座敷に着くと、頼一が咲耶を見て優しく微笑むと軽く手をあげた。

「今日は一段と人が多かったようだな」

 頼一は酒を飲みながら咲耶に言った。

 咲耶は頼一の横に腰を下ろす。

「桜がもうすぐ散りますからね。夜桜の中の道中はあと数回だと思うので、見に来る方も多いのでしょうね」

 咲耶は微笑んで、頼一に酌をする。

「もうそんな時期か……」

「はい」

 咲耶と頼一は窓から外を見る。

 灯りに照らされて、桜が白く妖しく揺らめいていた。

「頼一様」

 咲耶は頼一を見て言った。

「またひとつお願いがあるのですが……」

 咲耶は申し訳なさそうに頼一を見る。

 頼一は苦笑した。

「私が咲耶の願いを無下に断れないとわかっているだろう」

 咲耶は嬉しそうに微笑むと、頼一に少し無理なお願いをした。

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