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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第八章〜彼岸花〜
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天上の花

 藤吉は傷口を押さえながら、目的の場所へと向かっていた。

 足はまだ動かせていたが、少しずつ指先が麻痺してきているのを藤吉は感じていた。


(この感じだと……刃先に毒が塗ってあったんだろうな……)

 藤吉は小さく息を吐く。

(毒なら殺せる確率は上がるからな……。いい判断だ……)

 藤吉は苦笑した。

(俺が人を庇う日が来るとはな……)


「おまえのせいだぞ……百合……」

 藤吉は小さく呟いた。

 重くなっていく足をなんとか動かし、藤吉は山道を登り始める。

 藤吉は百合の墓に向かっていた。


「また来るって……言っちまったからな……」

 藤吉はため息をつく。

「俺はおまえと違って……言ったことは守る方なんだよ……」


 藤吉は思ったことをすべて口に出しながら歩いた。

 口を動かしていないと、気を失ってしまいそうだった。

 吹きつける風が、藤吉の体温を奪っていく。


「なぁ……見てたか?」

 藤吉は空を見上げる。

 木々のあいだから差し込む日差しは藤吉を温かく照らしていた。

「おまえの弟のこと……大事だって……言ってるやつがいた……。信が死ぬより……自分が死んだ方が……マシだとも言われてたよ……。愛されてたんだ……信は……。よかったな……。おまえの死は無駄じゃなかった……。初めて……神様ってやつに感謝したよ……」

 藤吉は目を細める。

「あいつはもう……大丈夫だ……」


 藤吉は再び前を向くと、引きずるように足を前に進める。

 百合と過ごした小屋の跡はすでに通り過ぎていた。


 墓のある丘はもうすぐそこだった。

 丘に近づくほど強い風が吹き、藤吉の体を揺らす。

「寒いな……」

 藤吉は思わず目を閉じた。

 指先はもうまったく感覚がなかった。


 ゆっくりと目を開けると、このあいだ来たときと変わらず、そこには赤い彼岸花が咲いていた。

「あと……少し……」

 藤吉は足を引きずり、一面に咲く彼岸花の中に足を踏み入れる。

 次の瞬間、藤吉はその場に倒れ込んだ。

「ほらな……。ちゃんと来ただろ……?」

 藤吉はかすかに笑った。


 そのとき、強い風が吹いた。

 彼岸花の揺れる音が響き、それと同時に藤吉は人の気配を感じた。

(こんなところに……誰が……)

 藤吉は腕に力を込めると、なんとか体を起こし顔を上げる。


 藤吉は目を見開いた。

(は…………?)


 そこには、百合が立っていた。

 薄茶色の髪が風になびき、光を受けた髪はところどころ金色に輝いて見えた。

(夢……それとも……幻覚か……?)

 茫然としている藤吉の前で、百合はゆっくりと膝をついた。


 百合の両手が藤吉の頬を包む。

 頬を撫でるように、百合の両手が優しく動く。

 もう忘れかけていた懐かしい温かさだった。


(ああ……夢とか幻覚とか……もうどうでもいいか……)

 藤吉はかすかに微笑んだ。


 ふいに、頬に触れていた手が止まる。

「百合……?」

 藤吉が百合を見つめると、百合はゆっくりと目を開いた。

 薄茶色の瞳に涙が溢れ、頬を伝う。

 藤吉は目を見開いた。

 伝う涙がこぼれる前に、百合の口元には笑みが広がった。

 その笑顔は、涙を堪えているようにも、喜びを嚙みしめるようにも見えるぎこちない笑顔だったが、明るい日の光を浴びて笑う百合は、今まで見てきたどんなものより美しかった。


「おまえ……なんて顔してんだよ……」

 藤吉は絞り出すように言った。


 涙がこぼれ落ち、百合の薄茶色の瞳に藤吉の顔が映る。

 藤吉は目を見張った後、静かに苦笑した。

「なんて顔……は……お互い様か……」


 百合の両手がゆっくりと藤吉の頬を離れ、藤吉の体を優しく抱きしめた。

 藤吉は驚いて目を見開いたが、やがて静かに目を閉じる。

 百合の体は温かく、胸からは鼓動の音が聞こえる気がした。


「ああ……、神様を信じるのも……悪くはねぇな……」

 藤吉は百合の胸に体を委ねると、眠りに落ちるようにそっと意識を手放した。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 冷たい風が吹きつける中、ひとりの男が丘に立った。

 男の足元には、咲き乱れる彼岸花の中で息絶えた藤吉の亡骸があった。


「せっかく……俺が見逃してやったっていうのに……」

 男は、額の傷を掻く。

「おまえの命の使い方は……これでよかったのか……?」

 男は亡骸の横に片膝をつくと、目を閉じて静かに両手を合わせた。


 男はゆっくりと目を開ける。

「もし来世があるなら、次は……もっとうまく生きろよ……」

 男はそれだけ言うと立ち上がり、静かに丘を去っていった。

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