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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第八章〜彼岸花〜
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果たされた復讐

「ど、どうして……!」

 唐突に、少年の戸惑った声が響く。

 背中に短刀が刺さるのを待っていた信は、思わず振り向いた。


 信の後ろに、少年はいなかった。

 そこには、見知らぬ男が立っていた。

 信は何が起きたのかわからず、言葉を失う。


 見知らぬ男の向こうに、青ざめた顔の少年が見えた。

 後ずさる少年の手には、血まみれの短刀が握られていた。

(この男が……俺を庇ったのか……?)

 信は男の背中を見つめる。

(誰だ……この男は……)


 そのとき、ふいに男が振り返った。

 男は信を見てフッと笑う。

「やっぱり近くで見ると……おまえら姉弟は……そっくりだな……」

 信は、男の声に聞き覚えがあった。

(あ……夢の……。あのときの……)


「あなたは……」

 信が茫然と呟くと、男は小さく微笑んだ。


 男は何も言わずに少年の方を向くと、傷口を押さえながら少年に近づいていった。

「どうして……そんな……! 私は……関係のない人を……!」

 少年の顔色はますます悪くなっていた。


「おまえは悪くない……」

 男は、短刀を握る少年の手を取った。

「実は……おまえの父親を殺すように言ったのは……俺なんだ……」

「え……?」

 少年は目を見開く。

「悪かった……。幸せそうなおまえの父親が妬ましかったんだ……。あの薄茶色の髪のやつを脅して……俺が殺させた……。本当に悪かった……。あいつの姉を人質にして、殺すように命じたのは俺だ……。あいつは関係ない……。だから、おまえの復讐は終わったんだよ……」

「復讐が……終わった……?」

 少年は茫然と呟く。

「ああ、そうだ。だから、もうおまえは逃げろ……。おまえには、まだ……守るものがあるんだろ……? 誰かに見られる前に……逃げるんだ……」

「逃げ……?」

 少年は驚き、手に持っていた短刀を落とした。

「早く逃げろ……。おまえが捕まれば……あの屋敷がどうなるか……わかるだろう……?」

 少年は弾かれたように顔を上げた。

 震える足で後ずさると、少年は視線をしばらく男に残したまま、もつれる足で走り出した。

 少年が遠ざかり背中が見えなくなると、男は地面に膝をついた。


 茫然と二人を見ていた信は、ようやく我に返り、弥吉をその場に寝かせると男に駆け寄った。

「どうして……俺を……」

 信は男を見る。

 傷自体は深くなさそうだったが、男の腹は血に染まっていた。

(刺された場所が悪いな……)

 信は男の傷口に押さえる。

「早く医者に……」

 信がそう呟くと、男は信の手首を掴み、静かに首を横に振った。


「俺は……これから行くところがあるんだ……。医者はいい……。それより伝言を……」

「伝言……?」

 信は眉をひそめる。

「百合から……。おまえの姉からの伝言だ……」

「姉……さん……?」

 信は目を見張った。


「ああ」

 男は優しげに微笑んだ。

「あいつは……おまえが仕事で失敗したから殺されたんじゃない。自分で……命を絶ったんだ。おまえを自由にするために……」

 信は目を見開いた。

(姉さんが……自分で……?)


「百合からの伝言だ。『もう自由になって』『それが私の望みで、願いだから』だとさ……」

 信は茫然と男を見つめる。

「おまえが……人の温かさに触れて……ちゃんと笑えるようになってほしいってさ……。あいつの……最期の願いだ……。だから、もう……自由になれ……。お館様のことも……鬼の刺青のやつらも……もう全部忘れろ……」

 男は信を真っすぐに見た。

「どうせ俺たちが行き着くのは地獄だ……。それなら、死ぬ前に少しくらい……自由に生きてみろ……」


 信は何も応えることができなかった。


 男はフッと笑うと、傷口を押さえゆっくりと立ち上がった。

「それじゃ、俺はもう行くよ……。間に合わなくなると……困るからな……」

 男はそう言って微笑むと、傷を負っているのが嘘のように軽やかな動きで走り出した。

 男の姿はあっという間に、信の視界から消えた。


 信はただ茫然と、男が去っていった方を見ていた。

(姉さんが……自分で命を絶った……?)

 信は自分の手を見つめる。

 信の手は、男の血が赤く染まっていた。

(俺は……)

 信は手を下ろすと、静かにうつむいた。

 自分がどうするべきなのか、もう信にはわからなかった。

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