表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第八章〜彼岸花〜
277/324

理由

 目を覚ました信は、布団の上でゆっくりと体を起こした。

(また……同じ夢か……)

 信は片手で顔を覆うと、息を吐いた。

 長屋の中は静かだった。

(弥吉は……仕事か……?)


 そのとき、長屋の外からかすかに声が聞こえた。

(弥吉……?)

 弥吉は誰かと話しているようだった。

 戸の障子には、弥吉の影が映っている。

(弥吉は誰と……)

 信はゆっくりと立ち上がると、戸に近づいた。


「……帰ってきたら、母にも聞いてみますね」

 障子越しに弥吉の声が聞こえる。

(母……?)

 信は眉をひそめる。

「いえ、ぜひ直接お話しが聞きたいです。中で待たせてもらえませんか?」

 弥吉とは別の声が、信の耳に届く。

 その声色はひどく冷たかった。

(この声……)

 信は目を見開く。


『よくもお父様を……!』

 信の頭の中で憎しみに満ちた声が響く。

(この声は……あのときの……)

 信は静かに目を閉じた。

(俺を……追ってきたのか……)


「あの……、それは……!」

 弥吉の声はうわずっていた。


(ああ、俺を隠そうとして……)

 信はゆっくりと目を開ける。

 信は心を決めると静かに戸を開けた。


「もういい、弥吉」

 信は弥吉の背中にそう言うと、弥吉と向かい合うように立っていた少年に目を向けた。

 少年の目は見開かれ、その顔が憎悪で歪んでいく。


(ああ、やはり……)

 少年はあの日、信に刀を向けた子どもだった。

 信は弥吉の肩に手を置き、もう一度弥吉に声を掛けると、静かに弥吉の前に出た。


 少年は警戒するように後ずさり、信と距離をとる。

「やはり……ここに……!」

 少年が憎しみのこもった眼差しを信に向ける。

「生きていたんだな……! この人殺しが……!」


 信は静かに目を伏せた。


「ずっとおまえに聞きたかった……。どうして、おまえはお父様を殺したんだ……?」

 少年は怒りを押し殺した声で言った。

「あの優しいお父様が、おまえに一体何をしたって言うんだ……? お父様が死んだことで、お母様は心を病んで倒れた……。屋敷を支えてくれていたはずの人たちも離れていって、屋敷はもうめちゃくちゃだ……。なぁ、一体お父様にどんな恨みがあったっていうんだ……?」


 信は目を閉じた。

 信には何も答えることができなかった。

 重苦しい沈黙が辺りを包む。

 少年は奥歯を噛みしめた。


「……ふざけるな! ちゃんと答えろよ!! せめて納得できる理由なら……それなら……」

 少年は震える手を着物の懐に入れる。

 懐から出した少年の右手には、短刀が握られていた。

 短刀の鞘がゆっくりと地面に落ちる。

「こんなことしなくてもって……少しだけ……思っていたのに……!」

 短刀の刃先が信に向けられる。


「信さん……!」

 信の後ろで弥吉が声を上げる。


「もう一度だけ聞く……。どうして……殺したんだ……?」

 少年は両手で短刀を握りしめ、信を睨む。

 信はやはり何も答えられなかった。

「そうか……わかった……」

 少年は短刀を握る手に力を込めた。


 少年が一歩踏み出したとき、信は勢いよく後ろに腕を引かれた。

 信は突然のことに、思わず後ろによろめく。

(……!?)

 気がつくと、信の前には弥吉が立っていた。

「……弥吉?」

 信は目を見開く。

 弥吉は信を庇うように、少年と信のあいだで両手を広げた。


 その様子を見て、少年はハッとしたように足を止める。

「おい……! おまえは……何も関係ないだろ! 邪魔するな……!」

 少年が叫んだ。

 弥吉は首を横に振る。

 呆気に取られていた信は、ようやく我に返った。

「弥吉、もういい……」

 信が弥吉の肩を掴むと、弥吉は勢いよく振り返った。


「何がいいんだよ!?」

 弥吉の目には涙が溢れていた。

 信は目を見開く。

「ひとりで納得して死のうとするなよ!? もういいって何がいいんだ!? 俺はよくない! 全然よくない!!」

 弥吉の頬を涙が伝う。


 呆然としていた少年は、戸惑いながら口を開く。

「そいつが何をしたか……知らないからそんなことが言えるんだ……」

 弥吉は少年に視線を戻した。

「知らねぇよ! ……何も知らないけど……大事なんだから仕方ないだろ! 目の前で死なれるくらいなら……俺が死んだ方がマシだって……そう思っちまうんだから!」


 弥吉の言葉に、少年の顔が歪む。

「……ふざけるなよ……。お父様を殺したそいつに……生きる資格なんてあるはずないだろ……!」

 少年はそう言うと、短刀を握りしめて駆け出した。


「……弥吉!」

 信は強く弥吉の左腕を引くと、首の後ろを叩き弥吉の意識を奪った。

「すまない……」

 信は絞り出すように小さく呟くと、弥吉を庇うように抱きしめ、少年に背中を向けた。


(これでよかったんだ……)

 信は静かに目を閉じ、そのときを待った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ