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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第八章〜彼岸花〜
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弥吉の想い

 弥吉は布団で眠る信の枕元に腰を下ろした。

 どこか苦しげな顔で眠る信を見つめながら、弥吉は小さく息を吐いた。

(一体、信さんに何があったんだ……?)


 屋敷を訪れた日から二日が経った。

 あの日、良庵の長屋で信を診てもらったが、信の体に異常は見つからなかった。


 弥吉は目を伏せる。

 良庵の言葉が、弥吉の頭から離れなかった。

『まぁ、精神的なものだろうな……。こいつもいろいろあったみたいだから、昔のことでも思い出したんだろう』

 良庵はそれだけ言うと、静かに口を噤んだ。


 弥吉は信の顔を見つめる。

(俺は、信さんのこと……何も知らないからな……)

 弥吉は唇を噛んだ。


 信を監視しろと言われた理由も、以前信が死にかけたと言っていた出来事も、咲耶が信を助けたという状況も、弥吉は何ひとつ知らなかった。

(聞いたら話してくれるのかな……?)

 弥吉は静かに目を閉じ、首を横に振った。

(いや、きっと話してもらえない……。でも、それでいいんだ。信さんが話したくないことを、無理に知りたいとは思わないし……)

 弥吉はゆっくりと目を開ける。

 信は相変わらず、苦しそうな顔で眠り続けていた。

 良庵からもらった薬が効いているのか、信は長屋に戻ってからほとんどの時間を眠って過ごしていた。


「信さん、俺は……」

 弥吉がそう口にしたとき、長屋の戸を叩く音が聞こえた。


「あ、はい……!」

 弥吉が慌てて返事をして戸を見ると、障子に人影が映っていた。

 障子に映った影は大人にしては背が低かった。

(子ども……?)

 弥吉は立ち上がると、ゆっくりと戸に近づく。

「あの……どなたですか……?」

 弥吉は戸の障子越しに聞いた。

 

「突然申し訳ありません……。人を探しておりまして……」

 まだ幼さが残る声で、少年が答えた。

 弥吉はゆっくりと戸を開ける。

 そこには弥吉と同じくらいの年の少年が立っていた。

 少年は弥吉を見ると、静かに頭を下げる。

 品のある所作と質の良さそうな着物。明らかに武家の子どもだった。

(どうして武家の子どもが……こんなところに……)

 弥吉は静かに少年を見た。


「すみません……」

 少年は頭を上げると、弥吉を真っすぐに見つめた。

「人を探しております。この辺りに、薄茶色の髪をした男が住んでいると聞いたのですが、どこの長屋かご存じありませんか?」


 弥吉の胸がドクッと嫌な音を立てた。

 口の中が急激に渇いていく。

 弥吉には、少年の目の奥に隠しきれない憎悪があるのが見えた。


 弥吉は不自然にならないように外を見るフリをして、長屋の外に出るとゆっくりと戸を閉めた。

「薄茶色の髪……ですか? ああ、あの人かな……。そうですね……。見かけたことはありますけど、どこに住んでいるのかまでは……」

 弥吉は考えているような素振りをしながら少年を見た。

「お力になれず申し訳ありません……」


 弥吉は自分の速くなる鼓動が、少年に聞こえていないか心配だった。

 信がここにいることを知られてはいけないと、弥吉の本能が言っていた。


「そうですか……。この辺りだと聞いたのですが……」

 少年の目が明らかに冷たくなった。

「この辺りといってもたくさんの人が住んでいますから。私が知らないだけで、この近くに住んでいるのかもしれないですね」

 弥吉は怪しまれないように、微笑みながら言った。

「そうですか……」

 少年の口調は丁寧だったが、その声はひどく冷たかった。

「ところで、あなたはここにひとりで住んでいるのですか?」

「まさか。母と一緒に住んでいます」

「では、お母様にも話しを聞きたいのですが、呼んできていただけないでしょうか?」

 少年は淡々とした口調で言った。


 弥吉は少年を見つめる。

(疑われてるな……。信さんがここにいるって確信でもあるのか……?)

 弥吉は考えを読まれないように注意しながら、申し訳なさそうな顔を作った。

「すみません。母は仕事に出ていて今いないんです。帰ってきたら、母にも聞いてみますね」

「いえ、ぜひ直接お話しが聞きたいです。中で待たせてもらえませんか?」

 少年はそう言うと、真っすぐに弥吉を見た。

(引き下がらない気か……)

 弥吉は眉をひそめる。

「あの……、それは……!」

 弥吉が口を開きかけたとき、長屋の戸が開く音がした。


「もういい、弥吉」

 静かな声が響く。

 少年の目が見開かれ、怒りでその顔が歪む。

 弥吉は、顔から血の気が引いていくのを感じた。

 恐る恐る振り返ると、そこには信が立っていた。


「信さん……、どうして……」

 弥吉は絞り出すように言った。

「もういい」

 信はもう一度そう言うと、弥吉の肩に手を置き、どこか悲しげな眼差しを少年に向けた。

 弥吉は少年に視線を戻す。

 怒りに満ちた少年の目に、もう弥吉は映っていなかった。

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