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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第八章〜彼岸花〜
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一年前④

 藤吉はゆっくりと顔を上げた。

 どれだけ時間が経ったかわからなかったが、すでに辺りは暗くなっていた。


「頼む! あんたならできるだろう……! 頼むよ! 金ならいくらでも払うから!!」

 ふいに切迫した男の声が辺りに響く。

(この声は……お館様か……?)

 藤吉はゆっくりと立ち上がると、木の陰に身を隠しながら声のする方に近づいていった。

 小屋の近くで提灯の明かりが揺れている。


「知るか、自分で蒔いた種だろうが。ああ、面倒くせぇな……。なんでよりによって俺がたまたま寄った日に……」

 男は面倒くさそうに頭を掻いた。


 藤吉は、木の陰から二人の男を見た。

 ひとりはお館様。もうひとりは中年の男だった。

 そのとき、提灯の明かりで中年の男の額に傷があるのが見えた。

(あの男は……)

 藤吉は中年の男に見覚えがあった。

(あの男は……あの方の……)


「だいたい、金貸し風情がお館様なんて呼ばれて調子に乗ってるからこういうことになるんだろうが……」

 傷のある男は呆れたように言った。

「貸した金が踏み倒されないように、武家のお偉いさん方の弱みを握るっていうのは間違っちゃいねぇんだろうけど、依頼されるままに殺しまくったのは、明らかにやりすぎだ。あの方が許してきたのが不思議なくらいだろ」


「それは……。勝手に動いていたのは……悪かったと思っているさ……」

 男は背を丸めてうつむいた。

(お館様……別人みたいだな……)

 藤吉は小さく息を吐いた。


「頼む! 今回だけでいい! 助けてくれ!! 自分が出かけてるうちに姉が死んだなんて知ったら、私は信に殺されてしまう! 頼む! あの男を殺してくれ! あんたならできるだろう……?」

 男は、傷のある男に縋りついた。


(ああ、そういうことか……)

 藤吉は強く瞼を閉じた。


「殺してくれって……簡単に言ってくれるが、あれはおまえが生み出した化け物だろうが……」

 傷のある男は呆れたように言った。

「あいつには生きたいって思いがねぇから、斬られようが殴られようが、なんの躊躇もなく突っ込んでくるし、相手が死ぬまで追い続ける。おまけにずっと毒を盛られてたなら、たぶん毒に耐性もあるだろ? しかも、頭も使えるときてる。まさに獣を超えた化け物だ……。殺す気でいかなきゃ、俺の方がやられるんだよ」

「こ、殺してくれて構わないから……! どうか頼む……!」

「殺してもいいって……。あいつは、今ではあの方のお気に入りだ……。おまえの判断で勝手に殺したら、たぶんおまえも消されるぞ」

「そ、そんな……!」

 男はその場に膝をついて頭を抱えた。

「じゃあ、私は……どうすれば……!」


 傷のある男は面倒くさそうにため息をついた。

「まぁ、俺にできるのは足止めくらいだな……。おまえは俺が足止めしてるあいだに、全部捨てて逃げろ」

「全部……捨てて……?」

 男は弾かれたように顔を上げた。

「こ、この屋敷は私が人生をかけて築き上げてきた……」


「そんな大したものじゃねぇだろ」

 傷のある男は、男の言葉を遮った。

「築き上げた大切な屋敷の中で死ぬか、大切な屋敷を捨ててでも生きるか、どちらかだ」


 傷のある男の言葉に、男は視線を落とした。

「…………わかった。屋敷を……捨てる……。だから、信の足止めを……頼む……」

「ああ、わかった。で、あいつは今どこにいるんだ?」

 傷のある男は首を傾げる。

「ここから少し離れたところにある屋敷に行っている……。ただ、あちら側から山を下りれば、信よりも早く屋敷に着けるはずだ……!」

「なるほどね……。わかった。どのくらい足止めできるかわからねぇから、おまえはさっさと逃げろよ」

「……わ、わかった……!」

 男はそう言うと、提灯を持って屋敷へと走っていった。


 ひとりになった傷のある男は、小さく息を吐く。

「さてと……、こっちは先にやるか……」

 傷のある男はそう呟くと、小屋に向かって歩き出した。

 男はしばらく小屋の前に立っていたが、その後小屋の周りを一周し、ゆっくりとしゃがみ込む。


(何をしているんだ……?)

 藤吉は目を凝らした。


 次の瞬間、傷のある男の顔が明るく照らされた。


(まさか……!)

 藤吉は目を見開く。


 それは小さな炎だった。

 小屋が一気に炎に包まれていく。

「これでよし……」

 傷のある男はそう言うと立ち上がる。

 その瞬間、振り向いた男がチラリとこちらを見た気がした。

 藤吉は目を見開く。

 急いで木の陰に隠れ、藤吉は息を押し殺した。


「行くか……」

 傷のある男がそう呟くのを聞き、藤吉は木の陰から男を見る。

 男は背を向けて屋敷の方へと去っていった。


 藤吉は炎に包まれた小屋を、ただ茫然と見つめていた。

(俺は……どうするべきなんだ……)

 藤吉は目を伏せる。


『私が死んだ後、信に伝えていただけませんか……?』

 藤吉の頭の中で、百合の声が響く。

(ああ、そうだったな……)

 藤吉はこぶしを握りしめる。


(足止めって言ってたから、ここで待ってれば弟は帰ってくるってことか……)

 藤吉は息を吐いた。


「わかってる……。ちゃんと伝えるさ……。もう俺にできるのは、それぐらいしかないからな……」

 藤吉はこぶしを握りしめると、燃え盛る炎の前で静かに目を閉じた。

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