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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第八章〜彼岸花〜
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八年前④

 男と分かれてしばらくすると、屋敷が急激に騒がしくなった。

(なんだ? ……何かあったのか?)

 様子を見に来た藤吉は、慌ただしく動く人々に流されるように騒ぎの中心となっている部屋にたどり着いた。


「清潔な布を持ってきてくれ! 早く!!」

「刀は火で熱しておけ! それから焼きごても!」

「体を押さえて! 念のため猿ぐつわも!」


 部屋の中では白い装いの人々が慌ただしく出入りしていた。

(一体……何事だ……?)

 藤吉は襖の隙間から中を覗き込んだ。

 部屋には布団が敷かれいて、その上に誰かが寝ているだった。

(病人……か……?)

 そのとき、藤吉の視界に薄茶色の髪が映った。

「……百合……?」

 藤吉の口からかすれた声がこぼれた。

 届くはずのないかすかな声だったが、布団に横たわった人物がピクリと動いた気がした。

 藤吉は目を見開く。

「百合……!」

 藤吉は襖を勢いよく開けた。


 布団に青ざめた顔で横たわる百合と、それを取り囲むようにせわしなく動いていた白装束の男たちが一斉に藤吉の方を向いた。

「こ、ここはダメです……!」

 白装束の男が慌てた様子で藤吉に駆け寄った。

「ダメって……これは一体……!」

 藤吉は百合を見る。

 青ざめた百合の顔に目がいっていたが、よく見れば百合の足首には矢のようなものが刺さっていた。

 藤吉は、顔から血の気が引いていくのを感じた。

「射られたのか……!」


「毒矢です」

 百合の代わりに白装束の男が答えた。

「こうしているあいだにも毒が広がってしまいます! 早く足を切断しなくてはならないのです! 外に出てください!」


「切断……だと……?」

 藤吉は茫然と白装束の男を見た。

「それしか方法がないのです! 早く出てください! 早くしなければ足の付け根から切り落とすことになりますよ……!」

 白装束の男はそう言うと、藤吉を外に押し出した。

「ま、待ってくれ……! 切断なんて痛みで死ぬ可能性もあるだろう……!」

 白装束の男は苦しげな表情で、目を伏せた。

「気休めにしかなりませんが……朝鮮朝顔を煎じたものを飲ませました。毒性が強いので飲ませたのは微量ですが、多少は麻痺して痛みを感じにくくなっているはずです……! さぁ、もう閉めますよ! お館様からも絶対に死なせるなと言われているのです!」

 白装束の男は、そう言うと勢いよく襖を閉めた。


「早く猿ぐつわを!」

「足、もっと強く縛って!」

「暴れると危ないから強く押さえて!」


 部屋の中から響く緊迫した声に、藤吉は思わず後ずさった。


「刀を! 一気にいく! しっかり押さえて!!」


 絶叫が辺りに響き渡る。

 普段聞いていた百合からは想像がつかない声色だったが、それは確かに百合の声だった。


「押さえて!!」

「ダメだ! 血が止まらない!! 焼きごて!! 早く!!」


 肉の焼ける臭いとともに、耳を覆いたくなるような叫び声が響く。

 藤吉は目の前が暗くなっていくのを感じた。

 かすかに見える襖が歪み、自分が今真っすぐに立っているのかもよくわからなくなった。


(どうしてこんなことに……)

 藤吉は思わず耳を覆った。


『狩りに出るだけだ』

 少し前に男が言った言葉が、頭の中で響いた。

(お館様……)


 藤吉は気がつくと、うまく動かない足を動かして男の部屋に向かっていた。

 もつれる足で廊下を走っていると、ちょうど男が部屋から出てくるところだった。


「おお、どうした?」

 男は少し驚いたように藤吉を見た。

「どうしてですか……? どうして、矢を……」

 藤吉は絞り出すように、なんとかそれだけ口にした。


「……ああ!」

 男は少し考えた後、思い出したように何度も頷いた。

「逃げようとしたんだ、あの姉弟。酷いだろ? ここまで面倒見てやったのに、とんだ恩知らずだ」

 藤吉は唇を噛みしめた。

「毒矢は……毒はやりすぎでは……?」

「甘いな」

 男は冷たい声で吐き捨てるように言った。

「逃げられないと理解させるには、これぐらいがちょうどいい。これでもう逃げようなどと思わないだろう?」

 藤吉はこぶしを握りしめる。

「それは……そうですが……」

 男は楽しげに笑った。

「まぁ、逃げようと思ったところで、足のない女を連れて逃げるのは不可能だがな」


 藤吉は込み上げる怒りを抑えるため、静かにうつむくとゆっくりと息を吐いた。


「もういいか? おまえ、顔色が悪いぞ。今日はもう休め」

 男はそう言うと、藤吉の横を通り抜け廊下の向こうに去っていった。


 藤吉は握りしめたこぶしを壁に叩きつける。

「クソッ……!」

 藤吉は壁に寄りかかると、その場に崩れ落ちた。

 吐き気がした。

 すべて吐いて叫び出したい衝動に駆られたが、吐いたところでこの気持ち悪さが治まらないことは、藤吉自身が一番よくわかっていた。

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