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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第八章〜彼岸花〜
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八年前②

 藤吉はツツジの花を持って、小屋に向かっていた。

(昨日、笑ってはいたけど元気はなさそうだったからな……)

 藤吉は手の中のツツジを見つめる。

(まぁ、こんなもので元気になるとは思ってねぇけど……)

 藤吉は軽く息を吐くと、足を速めた。


 いつものように小屋の戸に手を掛けた藤吉は、妙な胸騒ぎを覚えた。

(どうして……こんな静かなんだ?)

 百合はいつも、小屋に近づく足音だけで藤吉が来たことを察していた。

 そのため、藤吉が戸の前に立つ頃には、中で百合が動く気配がしているが普通だった。


 藤吉は少し警戒し、慎重に戸を開ける。

「あ、藤吉さんですか……?」

 百合のか細い声が小屋に響く。

 百合の声に藤吉が急いで中に入ると、百合は薄い布団で横になっていた。


「どうした? 具合が悪いのか?」

 藤吉は百合の枕元に腰を下ろした。

 百合は笑みを浮かべたが、その顔色はひどく青ざめていた。

 藤吉は百合の額に触れる。

「熱は……ないか……」

「はい……。少しお腹の調子が悪いだけですから……」

 百合は弱々しく微笑んだ。

「腹?」

 藤吉は眉をひそめる。

「少しだけ吐いてしまって……。あ、ちゃんと外で吐いて埋めましたから……」

「そんなことは気にしなくていい。まだ腹は痛いのか?」

「今はもう大丈夫です。あ、でも……出していただいた食事はほとんど食べられませんでした……」

 百合は申し訳なさそうに顔を曇らせた。

「食事……?」

 藤吉は、部屋の隅に置かれた食事の膳に目を向けた。

 白米と汁物だけの質素な食事だった。

(この食事で中毒ってことはねぇか……)

 藤吉が百合に視線を戻そうとしたとき、気になるものが視界に入った。

「……え?」

 藤吉は思わず四つん這いで膳に近づき、汁物の中に浮かぶものを見つめた。


(これは……大芹(おおぜり)……!)

 藤吉は目を見開く。

 大芹は芹とよく似ているが、有名な毒草だった。

 似てはいるが比較的見分けやすいため、誤って食事に入れることなどこの屋敷ではまずありえなかった。

(どうして……)


 藤吉はハッとして百合に駆け寄る。

「食事……どれぐらい食べたんだ……!?」

 藤吉の緊迫した声に、百合は驚いたように目を開けた。

「白米と汁物を少しずつ……。ただ、食べてすぐ全部吐いてしまったので……」

「全部吐いたんだな!?」

 藤吉の声に、百合は目を見開く。

「え、ええ……」


 藤吉は両手で顔を覆うと、ゆっくりと息を吐いた。

(食べたのは少しだけ……。それに全部吐いたなら大丈夫か……)


「……どうかしたのですか……?」

 百合が恐る恐る口を開いた。

「いや……なんでもねぇよ……」

 藤吉は顔を覆っていた手を下ろすと、静かに目を伏せた。

(どうして、殺そうとなんて……。弟に仕事をさせるための人質だろ……? 殺していいことなんて何もないはずだ……。なら……どうして……!)

 藤吉はこぶしを握りしめた。


「悪い……ちょっと用事を思い出した……。おまえは……ゆっくり休め。また吐くだろうから……食事は絶対に口にするなよ! じゃあ、また……来るから」

 藤吉はそう早口で言うと、立ち上がり百合に背を向けた。

(お館様は……一体何を考えてるんだ……!)

 藤吉は毒を盛った理由を聞くため、足早に小屋を出ていった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 ひとりになった小屋で、百合は藤吉が来るまでしなかった匂いがすることに気がついた。

 百合はゆっくりと体を起こし、手探りで香りがする方に手を伸ばす。

「あ……」

 百合は指先に触れたものを、優しく包み込むように手に取った。

「これは……ツツジ……。持ってきてくれたのね……」

 百合はツツジの花を胸に抱いた。

「ああ……本当に、いい香り……」

 百合は微笑むと、ツツジを愛おしそうにそっと撫でた。

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