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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第八章〜彼岸花〜
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八年前①

「最近、信が戻ってくるのがどんどん遅くなっているのです……。長いときには数日戻ってこなくて……」

 いつものように藤吉が小屋に入ると、百合が暗い表情で口を開いた。

「昨日も数日ぶりに戻ってきたかと思えば、また夕方に出ていきました……。何日も戻れないなんて、危ない目に遭っているのではないかと心配で……」

 百合はこぶしを握り締めてうつむいた。

「そうか……」

 藤吉は百合を見ながら、静かに息を吐いた。

(そろそろ、殺しがやりにくくなる頃だろうからな……)

 藤吉は目を伏せる。


 この小屋に来てから五年が経ち、信も百合もまだ幼くはあったが、子どもといえる年はすでに過ぎていた。

 警戒されにくい子どもだからこそ、信が仕事をこなせていることは、藤吉にも簡単に想像がついた。

 信とは最初に会った日以来、会えていなかったが、目の前にいる百合が女性へと成長している様子を見る限り、信も同じように成長しているはずだった。


「まぁ……、もう子どもじゃないんだ。大丈夫だろ。無事を信じて待ってりゃいいんじゃねぇか?」

 藤吉はなんとかそれだけ口にした。

「そうなのですが……。危険なことが多いのでしょう……?」

「まぁ……」

 藤吉は言葉が見つからなかった。

(危険しかねぇからな……)


「藤吉さんはどうして……この仕事を?」

 百合は言葉を選びながら話しているようだった。

(どうして、殺してるかって……?)

 藤吉は苦笑する。

「別に理由なんてねぇよ。死なないように生きてきて、気がついたらここにいただけだ。ただ食べるために、ただ安全な場所で寝るために、なんでもやってきたってだけだ。盗みも殺しも自分が生きるためだから、危険も承知のうえだし、申し訳ないとも思ったことねぇな」

「そうなのですね……。ずっとひとりで、そうして生きてきたのですか……?」

 百合は悲しげな顔で藤吉の方を向いた。

「まぁ、俺は親の顔も知らねぇからな……。あ……だから、あんな最期だったが、おまえらの母親は立派だったと思うよ。逃げ出さずにおまえら二人を育てたんだからな」

 藤吉の言葉に、百合は少しだけ驚いたようだったが、やがて嬉しそうに微笑んだ。


「はい、母は立派な人です。まぁ、可愛らしい人という方がしっくりきますが……」

「可愛らしい?」

「はい、少女のような人でした」

 百合はクスッと笑った。

「少女って……。娘に子どもみたいって言われるなんて、どんな親だよ……」

 藤吉は苦笑する。


「親バカ……とでも言うんでしょうか。特に信のことは溺愛していました」

 百合はフフッと笑った。

「『聞いて聞いて! 信ったら、もうこんなこともできるようになったのよ? 天才!? 天才なのかしら!?』という言葉は百回くらい聞きました」

「へ~」

 藤吉は目を丸くした。

 百合の母親には生きているときに一度だけ会ったことがあったが、落ち着いた雰囲気と儚さを合わせ持ったような美人だった。

 とても興奮気味に子どもの自慢をするようには見えなかった。


「意外ですか?」

「え、ああ……少し……」

「でしょうね。私以外の前では大人ぶっていましたから」

 百合の言葉に、藤吉は苦笑した。

(大人ぶってたって……普通、娘が親に言わねぇよ……)


「信も……溺愛されてるなんて、きっと気づいていなかったと思います」

 百合はそう言うと、少しだけうつむいた。

「弟の前でも大人ぶってたってことか?」

 藤吉は首を傾げる。

「はい……、そうですね。私を養っていくために、信は厳しく育てなければいけないと、母は考えていたようです……」

 百合は自分の両目を手で覆った。

「この目で……私がひとりで生きていくのは無理だと思ったのでしょう。信が早く自立して生きていけるよう、母は信を甘やかすことも、思い切り抱きしめることも我慢して、少し距離を取って信を育てました。そうして、私を守るようにと言い聞かせられながら育った信は……私を捨てられないのです……」

 百合の目を覆っていた手が、力なく膝の上に落ちた。

「私が何もできないばかりに……」

 百合はこぶしを握りしめる。


 藤吉は目を伏せた。

(こいつは、こうやってずっと自分を責めながら生きていくんだろうか……?)

 藤吉は静かに息を吐く。

(逃げられない環境の中で、言われるままに殺し続けないといけない弟も可哀想だが、ただ黙って耐えるしかないこいつも……)

 藤吉は目を閉じた。


「まぁ、考えすぎるな」

 藤吉はそれだけ口にすると、百合の髪がくしゃくしゃになるほど頭を撫でた。

「え!?」

 百合は驚いた様子で、藤吉の方を向く。

「あんまり考えすぎるとハゲるぞ」


 百合はどこか不満げな顔で自分の髪に触れ、乱れた髪を整えた後フッと笑った。

「では、藤吉さんはフサフサですね。安心しました。年をとっても髪は心配いりませんね」

「……余計なお世話だ。……フサフサだけど」

 藤吉の言葉に、百合は微笑んだ。

「本当ですか? では、少し触らせてください」

 百合はそう言うと、藤吉の方に腕を伸ばす。

「おい、やめろ! おまえ……! ヒドいぞ……」

 藤吉は百合の手首を掴むと、百合の手を止める。

「フフ……、冗談です」

 百合は楽しげに笑った。

「まったく……」

 藤吉はため息をつく。

「おまえには冗談の才能がねぇ……」

 百合はクスッと笑った。

「それは残念です。藤吉さんを笑わせたかったのですが」

「残念だったな。諦めろ」


 何気ない、いつも通りの時間が流れていた。

 しかし、先ほどまで晴れていた空は、厚い雲で覆われ始めていた。

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