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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第八章〜彼岸花〜
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十三年前②

「また来てくださったんですね!」

 藤吉が小屋の窓からそっと顔を出すと、百合が嬉しそうな声を上げた。

(またバレた……)

 藤吉は片手を額に当てた。

 今回は意識的に足音を消し、歩き方も変えたつもりだった。

(なんでこれでわかるんだよ……)

 藤吉は肩を落とした。


「どうかしましたか……?」

 返事がないことで不安になったのか、百合の表情が曇る。

「あ、いや、なんでもない……。元気そうだな……」

 前に来たときからまだ十日ほどしか経っていなかったが、藤吉はほかに言うことが見つからず、とりあえずそう口にした。

「はい、皆さんのおかげです」

 百合はにこにこしながら答える。


「そりゃあ、よかった……。じゃあ、俺はこれで……」

 藤吉はそれだけ言うと、小屋に背を向けた。

 そもそも藤吉は、百合の様子を気にして小屋に来たわけではなかった。

 足音を立てないようにしても、百合に気づかれるのかを確かめたかっただけだった。


「あ……もう行かれるのですか……?」

 どこか寂しげな百合の声が響く。

 百合の言葉に、藤吉は振り返り百合を見た。

 百合は何か言いたそうに藤吉の方を向いている。


「あ、あの……!」

 百合はなぜかモジモジしながら口を開いた。

「もしご迷惑でなければ、小屋の中でお話ししませんか? 弟は今日も外に出たままなので……」


 藤吉は目を丸くする。

(警戒心ってものがねぇのか……? 知らない男を家の中に入れるなんて……)

 藤吉が戸惑っていると、百合がひどく暗い顔をした。

「やはりダメ……ですよね……。すみません、こんなことを言って……」

 藤吉は百合を見つめる。

(まぁ、子どもだしな……。それだけ寂しいってことか……)

 藤吉は軽く息を吐いた。

「少しだけなら……。この後、用もあるしすぐ戻らないといけねぇから」

 藤吉の言葉に、百合が嬉しそうに笑った。

「は、はい! ありがとうございます!」


 藤吉は小屋の戸の方に回ると、ゆっくりと戸を開けた。

「邪魔するぞ」

「あ、はい」

 百合は立ち上がると、片手で壁に触れながら藤吉のもとに駆け寄った。

「おい、危ないから座ってろ」

 藤吉は舌打ちすると、百合の手を取り、先ほどまで座っていたところまで手を引いていった。

「あ、すみません……」

 百合は腰を下ろすと、藤吉に自分の横に座るように促した。

 藤吉は少し迷ったが、言われた通り百合の横に腰を下ろした。


「で、何の話がしたいんだ?」

 藤吉は胡坐をかき頬杖をつきながら聞いた。

「あ、はい。藤吉さんのことが知りたいのです」

 百合は嬉しそうに微笑んだ。

「は? 俺のこと?」

 藤吉は眉をひそめる。

「はい! 少し触っても大丈夫ですか?」

「は!?」

 百合の言葉に藤吉は驚いて身を引いたが、百合の両手が藤吉の顔を包み込むように伸びてきた。

 百合の白い手が、頬を撫で、ゆっくりと耳に触れる。

(おいおいおい……!)

 藤吉は、驚きで声が出なかった。

 百合の五本の指が形を確かめるように顔を撫でていく。

(何をしてるんだ……!?)

 百合の指が瞼に触れ、鼻に触れる。

 藤吉は思わず息を止めた。

(なんでこんな……!?)


 百合の手が藤吉の口と顎に触れたとき、百合が驚いた様子で手を引いた。

 百合の様子に、息を止めていた藤吉も驚いて息を吐く。

「ど、どうした……!?」


 百合は戸惑った様子で、藤吉の方を向いた。

「か、顔に……たくさんの棘が……」

(棘……?)

 藤吉は自分の顎に触れる。

「顔にたくさんの棘って……俺は化け物か……! 普通に髭だろ!?」

 藤吉は思わず声を大きくした。

「ひげ……?」

 百合は恐る恐る藤吉の口元に触れる。

「男は口の周りに髭が生えるんだよ……」

「顔に……!」

 百合が藤吉の口元に顔を近づけた。

(ち、近ぇな……!)

 藤吉は思わず身を引いた。


「なるほど……」

 百合はそう呟くと、両手を藤吉の首元に滑らせた。

(え……?)

 百合の柔らかな手が首筋を撫でていく。

 ゾクリとしたものが背筋を走り、藤吉は上がってきた唾を飲み込んだ。

 上下する喉仏さえ、百合の指が優しく撫でていく。

 百合の手は肩に下り、着物の下の胸元に伸びた。

「お、おい! いい加減にしろ!」

 藤吉は思わず百合の手首を掴んだ。

「おまえは痴女か!」


 百合は驚いた様子で顔を上げ、目を見開いた。

 焦点の合っていない瞳は何も映していないようだったが、髪と同じ薄茶色の瞳が小刻みに動く。


「痴女……?」

 百合はそう呟くと、何を思ったのか突然吹き出した。

「痴女……! フフフ……」

 百合は声を上げて笑い出す。

 藤吉は呆気に取られ、ただ呆然と百合を見ていた。


「た、確かに、突然こんなにベタベタ触ったら痴女ですね……! フフッ……、ごめんなさい。そんなこと初めて言われたので……、可笑しくなってしまって……」

 百合はひとしきり笑うと、目尻の涙を拭った。

「本当にごめんなさい……。私が言われるのはいつも目のことだけだったので、痴女と言われたのは初めてで……。みんな私に気を遣ってなのか、何も言われたことがなかったのです。気がつかなくて、すみません……。普通嫌ですよね……」

 百合は心から申し訳なさそうに頭を下げた。


「いや……まぁ、嫌ってわけじゃねぇけど……」

 藤吉は頭を掻いた。

「世の中危ないやつもいるからな……。あまり不用意に触るのは……。あ、あとむやみに家に入れるのもやめておけよ……」


「そうですよね……。ありがとうございます。藤吉さんは本当に良い人ですね」

 百合はにっこりと笑った。

 藤吉はわずかに目を見張った後、視線をそらす。

「おまえは……人を見る目を養った方がいい……」

 藤吉は小さく呟いた。


 藤吉の言葉に、百合は少し驚いた顔をした後、クスッと笑う。

「私が見る()を養うのは難しいかもしれませんね。私にできるのは心を感じ取ることだけです」

 百合はそう言うと、藤吉の胸に優しく手を当てた。

 藤吉の体がビクリと震える。


「藤吉さんは、間違いなく良い人です」

 百合は少しだけ目を開け、微笑んだ。


 藤吉は目を見開いた後、静かに目を閉じた。

「本当に……見る目がねぇんだな……」

 藤吉の言葉に、百合は笑う。

「そう言われてしまうと、否定はできませんね」

「なんだそりゃ」

 藤吉は苦笑した。

(らしくねぇことしてるな……)

 藤吉は額に手を当てると、小さく微笑んだ。

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