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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第八章〜彼岸花〜
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十三年前①

 男は屋敷の外に出ると、小さく舌打ちした。

(さっき帰ってきたばかりでもう仕事って……。どれだけ殺せば気が済むんだよ……)

 男は空を見上げて、ため息をつく。

 空は高く、雲は穏やかにゆっくりと流れていた。

 男は静かに目を閉じる。

(仕方ねぇ……。これが俺の役割なんだから……)

 男はゆっくりと目を開けると、山を下りるために足を速めた。

 いつも通りの道を歩いていると、ふと小屋に目が留まる。


(そういえば、このあいだのガキ……あそこで暮らしてるんだっけ……)

 男は数日前に連れてきた二人の子どものことを思い出した。

(あんな家畜小屋みたいなところに住まわせるなんて……。ホントにあの人は鬼畜だな……)

 男は再び深いため息をついた。

(同情して、もし逃げ出せたら…なんて話をしちまったけど……逃げられるわけねぇんだよな……)

 男は苛立ちを抑えきれず、頭を乱暴に掻いた。

 どうしても気になった男は、方向を変えて小屋に向かって歩みを進める。


 二人に悟られないよう、男は気配を消して小屋の格子窓に近づいた。

 男はそっと窓から中を覗き込む。

 その瞬間、男は小屋の中で座っていた少女と目が合った。

 正確にいうと少女の目は閉じられていたため、目は合っていなかったが、少女は確実に男が覗き込んだ瞬間に男の方を向いた。

(気づかれた……のか?)


 少女は穏やかに微笑んだ。

「……この前、私たちに声をかけてくれた方ですね? 様子を見に来てくださったんですか? わざわざ、ありがとうございます」

 男は目を見開く。

(なんだ……? どうして俺だと……? 目は……見えないはずだろ……?)

「どう……して……?」

 男はなんとかそれだけ口にした。


「え?」

 少女は不思議そうな顔をした後、ハッとしたように口元に手を当てた。

「あ、突然過ぎましたね! すみません……! 私、目が見えない分、耳はいい方なんです……。あなたの足音は少しだけほかの人と違うので、このあいだの人が来てくださったと思ったら嬉しくて、思わず声を……。驚かせてしまったみたいで、本当にすみません……」

 少女は申し訳なさそうに、少しだけうつむいた。


(足音……?)

 男は思わず自分の足元を見た。

 小屋の中にいる人間に聞こえるほど、大きな足音を立てた覚えはなかった。

 むしろ男は普段から足音を立てないように歩いているはずだった。

 男は戸惑いながら、なんとか口を開く。

「あ……いや……そうなのか……。ところで、俺の足音は……ほかのやつらと何が違うんだ……?」

 少女は目を閉じたまま、顔を上げる。

「あ……そんなに大きな違いではないのですが、どちらかの足……怪我をされていますよね? あ、もう治っているのかもしれませんが、少し庇うように歩くクセがついているのか……左右で少しだけ音が違うんです。あ、本当にわずかな違いですよ!」

 少女の言葉に、男は言葉を失う。

 少女の言った通り、男は以前右足に大きな怪我を負ったことがあった。

 しかし怪我は治り、今では自分でも意識することはなくなっていた。

 今日まで誰かにそんな指摘をされたこともない。


(何なんだ……こいつは……)

 男は目を見開いたまま少女を見た。

 髪を振り乱し、十字架を握りしめて何かブツブツと呟いていたときも怖かったが、それよりも身なりを整え、何もかも見透かしたように微笑んでいる今の方がよほど怖かった。


「あ、あの……、言ってはいけないことでしたか……?」

 少女が不安げな表情を浮かべる。

「あ、いや……ただ驚いただけだ……。よく見ている……じゃないか……。よく聞いているんだな……。いや、ビックリだ……ハ、ハハ……」

 男は乾いた声で笑う。

「本当にすみません……」

 少女は両手で顔を覆った。


 少女に泣かれるのは面倒だと思った男は、慌てて声を掛ける。

「あ、本当に驚いただけだから気にするな……。そ、それより元気そうで安心した……」

 男は心にもないことを言った。

 男の言葉に、少女は顔を上げる。

「はい……皆さんに大変良くしていただいています」

 少女は小さく微笑んだ。


(良く……ねぇ……。どうだか……)

 家畜小屋で飼われるような暮らしが良いものだとは、男には思えなかった。


「あ、あの……!」

 少女は意を決したように口を開いた。

「お名前を……伺ってもいいですか……?」


「え、俺?」

 男は目を丸くする。

 名前を聞かれるとは思っていなかった。

 少女はコクコクと頷く。

「ああ……、藤吉(とうきち)だ……」

「藤吉……さんですね……。ありがとうございます」

 少女は嬉しそうに笑った。


(何がそんなに嬉しいんだか……)

「おまえは? 名前は何だ?」

 藤吉は礼儀として名前を聞くことにした。


「あ、すみません! 申し遅れました! 私は百合(ゆり)と申します。百合の花のゆりです」

 百合は少しだけ首を傾け、照れたように笑った。

 色素の薄い髪に、抜けるような白い肌。

 可憐なその姿によく似合う名だと思ったが、藤吉はあえて口にはしなかった。


「もしよろしければ、ときどきこうしてお話ししていただけませんか……? 信は……あ、弟はここにいないことが多いので……」

 百合はどこか寂しげに微笑んだ。

(ああ……、そろそろ仕事を始める頃だろうからな……)

 藤吉は思わず小さくため息をついた。


「あ、ご迷惑でしたよね! す、すみません……!」

 百合が慌てて口を開いた。

「え! あ、いや、ときどきなら……別に問題ねぇよ。また来るから……」

 藤吉は咄嗟にそう答えた。

「本当ですか!? ありがとうございます!」

 百合は心から嬉しそうに微笑んでいた。


(しまった……つい……)

 藤吉は口にしたことを後悔したが、百合の喜ぶ顔を見て訂正するのを止めた。

(まぁ、ときどきなら……いいか……)

 嬉しそうな百合を見ながら、藤吉は少しだけ微笑んでいた。

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