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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第八章〜彼岸花〜
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墓と彼岸花

 赤い彼岸花が風に揺れていた。

 まだ青々としている山間(やまあい)の木々の中で、その赤はあまりにも鮮やかだった。

(ああ……、ちゃんと咲いたんだな……)

 男は小さく微笑んだ。

(随分と見つけやすくなったな……)

 辺り一帯に咲いた彼岸花を踏まないように気をつけながら、男は進んでいく。

 男は咲き乱れる彼岸花の真ん中に、ひっそりと置かれた白く丸い石を見つけた。

 石の前まで進んでいくと、男は静かにその場に腰を下ろす。

「来るのが遅くなって悪かったな……」

 男はそう言うと、静かに両手を合わせて目を閉じた。

 しばらくそうしていた男はゆっくりと目を開ける。


「……あいつを見つけたんだ……」

 風が吹き、彼岸花が一斉に揺れた。

「生きていた……。それに……人に恵まれたらしい……いい顔してたよ。安心したか?」

 男は微笑んだ後、静かに目を伏せた。

「ただ……俺が余計なこと言っちまったせいで……まだいろいろと……過去に捕らわれてるみたいだ……」

 男は苦しげに目を閉じる。

「せっかく、おまえが……」

 男は拳を握りしめた。

 男はしばらくそうしていたが、やがて静かに顔を上げた。


 彼岸花を揺らしながら、風が通り抜ける音が響く。

 男は静かに立ち上がった。

「今度こそ……ちゃんとおまえのことを伝えるから……」

 男は丸い石を優しく撫でた。

「伝えたらまた報告に来る……」

 男はそう言うと微笑んで、石に背を向けた。

「またな……」

 男を後押しをするように、心地よい風が男の背中を押した。

 彼岸花が揺れる中、男は真っすぐに前だけを見つめ、山を下りていった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「風が冷たくなってきたな」

 久しぶりに咲耶の部屋を訪れた叡正は、咲耶の前に腰を下ろすと小さく呟いた。

 叡正の言葉に、お茶を出していた緑がどこか嬉しそうに顔を上げる。

「もうすっかり秋ですね。彼岸花ももう咲く頃でしょうか」

「ああ、もうそんな頃なのか……」

 お茶を受け取った咲耶は緑に礼を言うと、振り返って窓を見た。

 窓から見える空は青く、吹く風はひんやりとして肌に心地よかった。


「彼岸花ならもう咲いてるぞ」

 叡正は、湯飲みを受け取りながら答えた。

「うちの寺の墓は今、彼岸花だらけだ……」

 緑とは対照的に、叡正はどこか嫌そうな顔で言った。

「それは素敵ですね!」

 緑が目を輝かせる。

「素敵……か……?」

 叡正は引きつった顔で緑を見る。

「素敵じゃないですか! あの艶やかな花が一面に咲いているんですよね! さぞ綺麗でしょうね……」

 緑はうっとりとした表情を浮かべた。

「綺麗って……墓だぞ……」

 叡正は信じられないというように緑を見る。

 二人のやりとりを聞いていた咲耶はフッと微笑んだ。

「まぁ、彼岸花といえば墓という印象もあるし、綺麗より不気味と感じる者もいるだろうな」

「花魁までそんな……」

 緑は同意を得られずどこか悲しそうだった。

「あんな綺麗な花なのに、どうしてお墓の印象があるんでしょうね……」


 咲耶は優しく緑に微笑む。

「実際に、墓のそばに植えられているからだろうな。彼岸花の根には毒があるから……。彼岸花を植えておくと、墓の遺体がネズミに荒らされるのを防ぐことができるんだ」

「ああ、そういう意味があるんですね……」

 緑は目を丸くする。


「それにしても……」

 咲耶は叡正を見た。

「おまえは墓で毎年見るだろう? 何がそんなに嫌なんだ?」

「え、まぁ……嫌ってわけじゃないけど、なんか怖いだろ? あの花……。真っ赤でただでさえ目立つのに、毎年すごい勢いで増えるんだぞ……? なんか、こう……死者の怨念が咲かせてるみたいで……とにかく不気味というか……」

 恐々話す叡正に、咲耶は呆れたようにため息をつく。

「おまえ……本当に僧侶か? 怨念で花が咲いてると思うなら、墓に向かって経でも唱えてやれ。前から思っていたが、おまえは本当に呪いとか怨念とか好きだな……」

「好きなわけないだろ! 本当に苦手なんだよ……」

 叡正はそう言うと、気まずそうに視線をそらした。

「まったく僧侶のくせに……」

 咲耶は呆れてもう一度息を吐いた。

「死者の怨念より、もっと怖いものがほかにいくらでもあるだろう……」

 咲耶はそう言うと、静かに窓の外を見た。

 相変わらず空は青く、風は心地よかったが、咲耶はなぜか妙な胸騒ぎを覚えていた。

「……気のせい……ならいいが……」

 咲耶は小さく呟いた。

「え? 何か言ったか?」

 叡正が首を傾げる。

 叡正の声に、咲耶は叡正に視線を戻した。

「いや、なんでもない……」

 咲耶は小さく微笑むと、静かに目を閉じた。

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