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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第七章〜南天〜
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欠片と手紙

 翌朝、信は小屋の近くで拾った皿の欠片を弥一に渡した。

 隆宗から受け取った皿の欠片と合わせて並べると、皿は綺麗な円い形になった。

「欠片が揃ったな……。これなら、新しく皿を作らなくても焼き継ぎでなんとかなりそうだ」

 弥一は嬉しそうに笑った。

「新しく作る必要はないのか?」

 信は皿を見つめながら聞いた。

「ああ。直せるなら、むやみに新しいものを作るより直した方がいい。この皿自体に詰まった思い出があるからね……」

 弥一はそれだけ言うと、申し訳なさそうに信を見た。

「すまない……。あんなにたくさん南天の絵を描いてくれたのに……」

 信は少しだけ弥一を見ると、また皿に視線を戻した。

「それは別にいい」

 信は淡々と言った後、弥吉に目を向ける。

 弥吉は青ざめた顔で、皿を見ていた。


「弥吉、どうかしたのか?」

 弥吉の顔色の悪さに気づいた弥一が慌てて聞いた。

「なんでもないよ……。欠片が見つかってよかったね……」

 弥吉はぎこちなく微笑んだ。

「あ、そうだ……。この皿の汚れ……先に落とした方がいいだろ……? 俺、屋敷の人にお湯をもらってくるよ。皿……綺麗にしないと……」

 弥吉はそう言うと立ち上がった。

「俺も行く」

 信はそれだけ言うと立ち上がり、弥吉より先に襖に向かって歩き出した。

「え、信さんも? ちょ、ちょっと待ってよ……」

 弥吉は慌てて信の後を追って部屋を出た。

 信はすでに廊下の先の方を歩いていた。

「ちょっと、信さん!」

 弥吉は信に駆け寄ると、着物の袖を掴んで信を引き留めた。

「そっちじゃないよ! 台所の場所も知らないんだから、ひとりで行かないでよ……」

 弥吉は呆れたように言った。

 信は弥吉に促され、二人は並んで歩き始めた。


 信は歩きながら、弥吉を見つめる。

「何か気になることがあるのか?」

 弥吉は弾かれたように顔を上げた。

「それは……」

 弥吉は目を泳がせた後、そっと目を伏せた。

「言いたくなければ別にいい」

 信は淡々と言った。

「そ、そんなことは……!」


 弥吉は再び信を見ると、躊躇いながら口を開いた。

「俺……見たんだ……。信さんと叡正様がこの屋敷に来た日の翌朝……隆宗の部屋で……血まみれの着物を……。ちょっとした怪我でつくような血の量じゃなかった……。それに、血のついたあの皿も……。直してほしいっていうのは嘘で……本当は屋敷の外に出して隠したかったんじゃないかって思って……」

 弥吉は苦しげな顔で信を見つめる。


「なぁ、信さんはどう思う……? あいつ……一体何したんだろう……」

 信は静かに目を伏せた。

「……わからない」

 弥吉は苦笑する。

「そりゃあ、そうだよな……。ごめん、信さん……」


 それから二人は、言葉を交わすことなく、奉公人からお湯を受け取ると部屋に戻っていった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「じゃあ、信さんは門のそばで叡正様を待つってことでいい?」

 弥吉は信を見て、そう言うと弥一を支えながら立ち上がった。

「ああ」

 信は短く答えると立ち上がる。


 結局、焼き継ぎだけなら弥吉でもできるということがわかり、小屋には弥吉と弥一で向かうことになった。

 そろそろ叡正も屋敷に着く頃だということもあり、信は門のそばで叡正を待つことにした。


 二人と分かれた信が門の外で待っていると、すぐに叡正が姿を現した。

「あれ、わざわざ外で待っててくれたのか?」

 叡正は目を丸くした後、申し訳なさそうに頭を掻いた。

「悪かったな……。良庵先生のところに寄って事情を説明してから来たから遅くなった」

「いや、それほど待ってない」

 信はそれだけ言うと、門を開けて中に入った。

「そうか、それならいいんだが……。これから、おまえが皿を作るのか?」

 叡正は信の後に続いて中に入る。

「いや、状況が変わった。皿の欠片が揃ったから焼き継ぎで直すそうだ。今、弥吉が手伝ってる」

「え!? そうなのか……。じゃあ、俺たちは必要なかったな……。まぁ、俺は最初から必要ないと思うが……」

 叡正は最後呟くように付け加えた。

「いや、調べることがある」

 信は前を向いたまま、淡々と言った。

「調べること……?」

 叡正は首を傾げる。


 そのとき、屋敷に入ろうとした二人と入れ違いで、奉公人の男が屋敷から出てきた。

「悪い」

 信が唐突に男に声を掛ける。

「この家の乳母の部屋はどこだ?」


「……え?」

 奉公人の男は、見知らぬ男からの突然の問いかけに目を丸くした。

 叡正も信の後ろでただ目を丸くしていた。


「乳母だという女に部屋にあるものを取ってきてほしいと頼まれたが部屋がわからない。乳母の部屋はどこだ?」

 信は淡々と嘘をついた。

「あ、ああ……、そういうことでしたか」

 男はホッとしたような顔で言った。

「では、清さんは屋敷に帰ってきたのですね。心配していたので、よかったです。あ、清さんの部屋でしたね。この廊下を真っすぐ進んで突き当りを右に曲がってください。その先にある一番奥の部屋です」

「すまない。ありがとう」

 信は軽く頭を下げ、言われた通り廊下を進み始めた。

 信の後をついていく叡正は、不安げな顔で信を見る。

「なぁ、さっきの話し……ホントか?」

「いや、嘘だ」

 信は前を向いたまま言った。

「……だと思ったよ……」

 叡正は片手で顔を覆った。

「乳母の部屋なんて聞いてどうする気だよ……」

「調べる」

 信は短く答える。

「調べるって……何を……? それにバレたらどうする気なんだよ。そもそもどうして乳母の部屋を……」

「三、四日前から乳母の行方がわからないそうだ」

「……え? じゃあ、井戸で見つかった死体は……ってそんなわけないか……。死体が見つかったのはもっと前だな……。死体の女って可能性はないし、ただ出かけてるだけじゃないのか?」

 信は目を伏せた。

「……そうだな」

 信がそう言うのとほぼ同時に、二人は一番奥の部屋の前に着いた。


 信は躊躇うことなく、部屋の襖を開けて中に入る。

「お、おい……」

 叡正は躊躇いがちに部屋に入った。


 部屋は綺麗に片付いていた。

 それ以前に乳母の部屋には、物自体があまりなかった。

 着物が入っているであろう箪笥に、小さな棚と机があるだけだった。


 信は真っすぐに棚に向かって歩いていくと、引き出しを開けて中のものを一つひとつ確認していく。

「おい! 待て待て!」

 叡正が慌てて、信の肩を掴んだ。

 信は叡正に構わず、ひとつずつ引き出しを調べていく。

「いくらなんでもダメだろ……! 盗みに入ったと思われるぞ!」

 叡正は慌てて振り返り、廊下に誰もいないことを確認した。

「盗むつもりはないから大丈夫だ」

 信は引き出しの中身を確認しながら言った。

「いやいや、大丈夫じゃない! 絶対大丈夫じゃないから!」


 叡正の言葉を無視して、棚を調べ終えた信は机に向かった。

 机の前にしゃがみ込み、机の引き出しを開ける。


「頼む……もうやめてくれ……」

 叡正が頭を抱えたところで、信はふいに動きを止めた。


 信は引き出しの奥から折りたたまれた紙を取り出した。

「なんだ? 手紙か?」

 信が手を止めたのを見て、叡正が後ろから信の手元を覗き込んだ。


 信はゆっくりと手紙を広げる。

「お、おい……勝手に読むのは……」

 叡正は信を止めようとしたが、手紙の文面が目に入り、その先の言葉を続けることができなくなった。


 叡正は目を見開く。


「おい……これって……」

 叡正は思わず口元を手で押さえた。

「この家の側室が……弥吉を殺そうとしてた……? それで乳母が……。それに、この怪談騒動……隆宗様が謀反を止めるために……?」


 信は無表情のまま手紙を見つめていた。


「でも、おかしいな……」

 叡正は手紙を見つめながら眉をひそめた。

「三、四日前に町奉行所に行ったなら、さすがにもうこの屋敷に知らせが来ているはずだ……。でも、そんな様子はないし……。一体どういうことなんだ……?」


 信は何も答えず、ただ手紙を見つめていた。


『隆宗様のことを、どうかどうかお守りください』

 手紙に残された言葉を見つめ、信は静かに目を閉じた。

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