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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第七章〜南天〜
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小屋と欠片

 信と弥吉、弥一が屋敷に着いたときには、すでに日が暮れ始めていた。

 屋敷の門を開けた奉公人の男は、信に背負われた弥一の姿を見て、目を丸くした。

「や、弥一さん!?」

 男は弥一と弥吉を交互に見る。

 慌てて弥吉が事情を説明すると、男は驚きつつも三人を屋敷の中に通した。


「いやぁ、驚きました……。しかし、弥一さんがお元気そうで本当によかったです」

 男は、三人を屋敷の部屋に案内しながら嬉しそうに弥一を振り返る。

 信に背負われたままの弥一は、小さく苦笑した。

「まぁ、この通り……元気というわけではありませんが……。なんとかやっております」

「それでも、また顔が見られて嬉しいです。清さんも心配していましたよ」

 男の言葉に、弥吉が何か思い出したように顔を上げた。

「そういえば、俺が屋敷を出るとき、清さんにひと声掛けようと思って探したんですが、見つからなくて……。今、清さんがどこにいるかわかりますか? 挨拶したくて」

 弥吉がそう言うと、男は弥吉を見て少し困ったような顔をした。

「それが……俺も三日くらい前から見ていないんだ……。三日前に隆宗様にもどこにいるか聞かれたんだけど……。俺もそれから会えてないんだよ……」

「三日も?」

 弥吉は目を丸くする。

 乳母が三日も屋敷を空けたことなど、今まで一度もなかった。

「ああ……。それに隆宗様も……」

 男はどこか暗い表情で目を伏せた。

「隆宗が……どうかしたんですか……?」

「あ、いや……。大したことじゃないんだけど、おまえが屋敷を出た後すぐに隆宗様も出かけて……それからずっと戻られていないんだ……。まぁ、隆宗様の場合、屋敷を出ることは珍しくないけど、誰にも行き先を伝えていないみたいで……。少し心配でな……」

「そう……なんですね……」

 弥吉は静かに目を伏せた。


 男は、信たちを部屋に通すと、弥吉を見た。

「弥吉も今日はこの部屋で休むといい。弥一さんと一緒がいいだろ? おまえの部屋だと少しと狭いと思うから」

「はい、ありがとうございます」

 弥吉は深々と頭を下げた。

 男は優しく微笑むと、弥一に視線を移した。

 部屋の畳に腰を下ろした弥一は、男を見上げる。

「まもなく日が沈みますから、今日はもうこちらでお休みください。皿を作り直すにしても明るくなってからの方がいいでしょうから」

 男の言葉に、弥一は微笑んだ。

「そうですね。お気遣いいただき、ありがとうございます」


 男は嬉しそうに微笑むと、一礼して部屋から出ていった。


 男を見送ると、信はすぐに動き出した。

「信さん、どこに行くの?」

 襖を開けて出ていこうとする信を、弥吉が慌てて呼び止める。


「皿を作る小屋を見てくる」

 信は少しだけ振り返ると、それだけ口にした。

「あ、それなら俺も……」

 弥一が立ち上がろうとしたため、弥吉が慌てて弥一に駆け寄り肩を支える。

「いや、いい。少し見ておきたいだけだ。すぐ戻る」

 信はそれだけ言うと、外に出てゆっくりと襖を閉めた。


「小屋の場所はわかるんだろうか……」

 襖を見ながら、弥一が小さく呟いた。

「まぁ、信さんなら……大丈夫……かな」

 弥吉は苦笑しながら、そう答えた。

 部屋に残された二人は、顔を見合わせて小さく笑った。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 信は屋敷の外に出ると、すぐに小屋にたどり着いた。

 日は暮れ始めていたが、それでもまだ辺りは十分に明るかった。


 信は小屋の戸に手を掛ける。

 戸が開くと、生温かい空気とともに独特のかび臭さが広がった。

 信はゆっくりと小屋の奥へと進んでいく。

 小屋の片隅に、器を作るための道具がまとめて置いてあるのがわかった。

 信はしゃがみ込むと、絵付けに使う筆の束を手に取った。

 信は筆を見つめる。

 長い間放置されていたはずなのに、筆にはホコリひとつついていなかった。

 信はかすかに眉をひそめると、辺りを見回す。

 器を作る道具が置かれている周辺以外は、ところどころホコリが積もっていた。

 信がホコリのない場所を見ていると、棚で隠されている壁がほかよりも黒ずんでいるのに気づいた。

 信は棚を少しずらし、黒ずんだ壁に顔を近づける。

 かすかに血の臭いがした。


 信は目を閉じ、ゆっくりと息を吐くと筆の束をもとに戻した。


 目を開けた信は、静かに小屋の中を見て回った後、小屋の外に出た。

 中の空気が淀んでいたため、外の空気が信には心地良く感じられた。

 信は大きく息を吸い込み、静かに吐き出した。


 そのとき、夕日に照らされて一瞬だけ何かが光った。

 草に隠れていてわかりにくかったが、小屋の影に何かが落ちているようだった。

 信はしゃがみ込むと、光ったものを手に取る。

 それは南天の皿の欠片だった。

 三つほどの欠片は、赤黒い血のようなものが点々とついていた。


 信は三つの欠片を拾うと、ゆっくりと立ち上がる。

 信は目を閉じ、もう一度息を吐くと二人が待つ部屋に戻っていった。

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