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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第一章~山桜~
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三日前〜切見世〜

 美津は張見世で格子越しに見覚えのある男を見つけた。

(あれは前に鈴の名を呼んでいた男か?)

 男は元服したのか以前見かけたときと違い、(まげ)を結っており雰囲気は変わっていたが、確かにあのときの男だと美津は思った。

 男はゆっくりとした足取りで張見世の中を端から端まで見て歩いている。


(鈴を探しているのか?)

 美津は目を伏せた。

 鈴が菊乃屋からいなくなって、すでに一年近く経っていた。

 鈴のことで楼主に反抗した美津は、それから仕置きとして行燈部屋に入れられ、その後体調も崩していたため、張見世に出始めたのはつい最近のことだった。

(ずっと鈴を探していたんだろうか……)

 美津は再び男を見た。

 男の顔には暗い影が差している。


 美津は周囲に男衆がいないことを確認すると、格子の外に腕を伸ばした。

「お兄さん、ちょっと寄っていってよ」

 美津は男に声をかける。

 男はそれに気づき、近づいてきた。

 美津は男が手の届く距離まで来るのを待ってから、男の着物の裾をつかむと力いっぱいに引いた。

 男は体勢を崩して、格子に顔を打ちつける。

 美津はそんな男の耳元に顔を寄せた。

「鈴は、もうここにはいないよ」

 周囲に気を配りながら、美津が呟く。

 男は目を見開いた。

「どういうことだ!?」

 声を大きくした男を、美津が人差し指を立てて止める。

「鈴は間夫と逃げようとしたってことにされて、切見世に売られたの」

 美津は声をひそめて早口で話す。

「何を!? 鈴は逃げようとなんて……」

 男が言葉を失う。

「けど、実際はそうじゃなくて、労咳がひどくなったから最後に儲けるために楼主に売られたの。うちではもう見世に出るのは無理だけど、鈴は綺麗だし切見世ならまだまだ客がつくから……」

 美津の目に涙が溢れた。

「お願い! 鈴を探して! 私も探してるんだけど、見つけられないの……」

 そこまで言うと、美津は男衆が近づいてきているのに気づき、男に商売用の笑顔を向けた。

「お目当ての子がいるなら仕方ないね。じゃあね、お兄さん」

 男は美津の意図に気づいたのか軽く頷くと張見世の前から去っていった。

「頼んだよ……」

 美津は男の背に向かって小さく呟いた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 美津と話した将高はその足で、吉原の端にある切見世に向かった。

(鈴が切見世に売られているなんて……)

 将高は怒りに震えていた。

 裏茶屋に現れなくなってから一年近く、将高は鈴を探し続けていた。

 元服もしていない身では菊乃屋のほかの遊女に声をかけることもままならなかったため、ひたすら菊乃屋に足を運んだ。

 何度足を運んでも張見世に鈴の姿がなかったため、鈴は病が悪化して療養しているのだと将高は考え始めていた。

 今日、元服して初めて菊乃屋を訪れ、ようやくほかの遊女から話しが聞けると思った矢先、美津に引き止められたのだ。

(私は呑気に一年も一体何をしていたんだ!)

 将高は自分の愚かさに舌打ちをした。


 切見世の長屋に着くと、将高は辺り一体を見渡した。

 切見世とひと言で言っても、その数は多い。

 長屋の戸を一つひとつ確認して回るわけにもいかず、将高は途方に暮れていた。

 すると、ひとつの戸が乱暴に開け放たれ、中から男が飛び出してきた。

「なんだおまえ! それ労咳だろ!? ふざけやがって……」

 男は中に向かって怒鳴ると、足早に去っていった。


 将高はゆっくりと開け放たれた戸に近づく。

 薄暗い部屋の中で頭巾を被った女が激しく咳き込んでいるのが見えた。

 女がいる布団は血で赤く染まっている。

 女が咳き込みながら口元まで覆っていた頭巾を外す。

 将高は息を飲んだ。

「鈴……」

 頬は腫瘍で赤く腫れ上がっていたが、確かに鈴だった。

 将高はおぼつかない足で、戸口から中に入った。

「……鈴?」

 鈴は弾かれたように将高の方を見た。

「将高……」

 鈴の瞳が見開かれ、同時に顔が歪んでいく。

「どうして……ここに……」

 将高は赤く染まった布団を見た。

 吐き出された血の量や梅毒の進行を見れば、将高にも鈴がもう長く生きられないとはっきりわかった。

(どうして鈴がこんな目に遭わないといけないんだ……)

 将高の瞳に涙が溢れた。

 ふらふらと将高は鈴に近づく。

 鈴の体は今にも折れそうなほど痩せてしまっていた。

(何もできなかった……。最初から私がもっとしっかりしていれば……)

 将高は鈴の横に座ると、ゆっくりと鈴を抱きしめた。

 見た目以上に細くなっている鈴の体に、将高の腕が震える。

 将高は壊れものに触れるように優しく鈴を包む。

「将高……うつるから……」

 鈴のか細い声が将高の耳に響く。


「鈴……、一緒に死のうか……?」

 鈴の体がビクリと震えた。

 将高は体を離すと、鈴の目を見つめた。

 鈴の瞳は大きく見開かれていた。

「すべて片付けてくるから……、三日後……一緒に死のう。もう二度とひとりにしないから……」

 鈴の唇がわずかに動く。

「将高……」

 涙を流し続ける将高の目を見つめながら、鈴はそれ以上何も言えなかった。

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