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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第七章〜南天〜
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闇の中で

 闇の中で、人が近づいてくる気配がした。

(ああ、ついに私は死ぬのか……)

 縛られた手も足もまったく動かすことはできなかった。


「わからないとでも思ったのか?」

 暗闇の中に、ぼんやりと男の姿が浮かび上がる。

 その声は低く落ち着いていたが、抑えきれない怒りがかすかに感じられた。

「おまえのせいですべてが台無しだ」


 男が目の前でしゃがんだ。

「どうしてあんなことをした? それに、おまえひとりでできることではないだろう? 協力者は誰だ?」


(おまえに言うわけがないだろう。私を守ろうとしてくれたあの人を売るようなこと……)


 男は、相手が何も答えるつもりがないことを悟ったのか、ゆっくりと立ち上がった。


「残念だよ。最期に何か言い残すことは?」


 闇の中で金属のこすれる音が響く。

 月明かりに照らされて、男が振り上げた刀の先が妖しく光った。


(ここまでか……)

 ゆっくりと目を閉じ、男に聞こえるようにはっきりと口を動かす。

「地獄に、落ちろ」


 男はフッと笑った。

「地獄に落ちるのは、おまえだろ?」


 刀は光を纏いながら、勢いよく振り下ろされた。


(どうか、あなたは幸せに……)

 閉じたまぶたの裏に浮かんだのは、懐かしい幸せな思い出だけだった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「あれ、いつ戻ってきたんだ?」

 翌朝、目を覚ました叡正は、座敷の隅で座ったまま休んでいる信を見て目を丸くした。

「おまえ、まさか寝てないのか……?」


 信はゆっくりと叡正に視線を向ける。

「いや、寝ていた」

「寝ていたって……まさかずっとその姿勢で……?」

 叡正は恐る恐る聞いた。

 信が静かに頷く。


「……おまえは戦国時代の武将か何かなのか……? 襲われることなんてないんだから、普通に寝てくれ……」

 叡正はため息をつくと立ち上がり、使っていた布団を畳んだ。

「それで弥吉はいたのか?」


「ああ」

 信は短く答えた。

 叡正は目を丸くして信を見る。

「戻らないっていうのは嘘だったのか……。それで、話しはできたのか?」


「ああ、朝になったらこの部屋に来ると言っていた」

「そうか……。じゃあ、俺たちはここで待っ……」



「だから!! 話しを聞けって言ってるだろ!?」

 叡正の言葉を遮るように、座敷の外で弥吉の声が響いた。


 叡正と信は静かに顔を見合わせる。


「ちゃんと説明しろよ!! 一体何があったんだよ!?」

 弥吉の声は二人のいる座敷のすぐそばで聞こえた。


「失礼いたします」

 弥吉とは対照的に、落ち着いた隆宗の声が響く。

 ゆっくりと襖が開き、隆宗と弥吉の姿が二人の視界に入った。

「弥吉を連れてまいりました」

 隆宗は落ち着いた声で言った。


 叡正は目を見開く。

 隆宗は声こそ落ち着いていたが、顔は土気色をしており、昨日会ったときとは別人のように生気がなかった。


「あの……、どうかされたのですか……?」

 叡正がおずおずと聞いた。

「いえ、どうも……しておりません」

 隆宗は引きつった顔でそう言うと、静かに目を伏せた。


「だから!! そう見えないから聞いてるんだろ!?」

 弥吉は隆宗の肩を掴んだ。

「一体何があったんだよ!? ちゃんと説明しろよ! なんで何も言わないんだよ!?」


 叡正は隆宗の首筋に目を留めた。

 隆宗の首に何か黒いものが点々と付いていた。

 それは乾いた血のようだった。

(怪我は……してなさそうだよな……。じゃあ、あの血は……?)


 隆宗は弥吉から視線を逸らしたまま口を開いた。

「おまえには……関係ないことだ」

「関係ないって……そんな……」

 弥吉は少したじろぐ。


 隆宗は叡正に視線を移した。

「弥吉を連れ戻しに来たのですよね。よろしければ、もうこのまま連れていってください」


「おい……、何言ってんだよ……」

 弥吉は不安げな表情で隆宗を見つめる。


 隆宗は肩に置かれた弥吉の手を振り払うと、弥吉を見つめ返した。

「正直迷惑なんだよ。おまえはもうこの屋敷の人間じゃない。住み込みで仕事があるなら、さっさと出ていってくれ」

 隆宗はそれだけ言うと弥吉に背を向けた。


 弥吉は、ただ青い顔で隆宗の背中を見つめていた。


「それでは、私はこれで失礼します」

 隆宗はそれだけ言うと、座敷を後にした。



「一体、何があったんだよ……」

 弥吉の苦しげな声に、二人は何も答えることができなかった。

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