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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第七章〜南天〜
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弥吉の真実

 弥吉は、提灯で辺りを照らしながら敷地の外れを歩いていた。

「ここ……か……」

 弥吉は手に持っていた提灯を暗闇にかざした。

 浮かび上がったのは、古びた井戸だった。


(今さらこんなところに来たって何もわからないか……)

 弥吉は小さくため息をついた。


(あいつがやったことなのか……? どうしてそんな……)

 

「俺はこれから……どうしたらいいんだ……」

 弥吉はひとり呟いた。


「おまえは、どうしたいんだ?」

 そのとき、弥吉の背後ではっきりとした声が聞こえた。

 弥吉が弾かれたように振り返ると、弥吉のすぐ後ろには信が立っていた。

「うわぁ!!」

 弥吉は驚いた拍子に提灯を持ったまま尻餅をつく。



「大丈夫か?」

 信が弥吉に手を差し出す。

「ちょ! なんで音もなく近づいて背後に立つんだよ!? 怖いだろ!?」

 弥吉は驚きのあまり、信への気まずさも忘れて叫んでいた。

「そんなに驚くと思わなかった」

 信は淡々と言った。

「驚くだろ、普通! まったく……!」

 弥吉は信の手を取ると、ゆっくりと立ち上がった。


 両手で着物についた砂を払うと、弥吉は信を見つめた。

「この屋敷に泊まるかもって聞いたとき、信さんなら絶対部屋を抜け出すと思ったよ……」

 信は無言で弥吉を見つめていた。

「まぁ、こんなに早く抜け出すとは思ってなかったけど……」


 弥吉は苦笑すると、そっと信から視線をそらした。

「信さんの監視を依頼したのが誰か、俺に聞きにきたんだろ?」


 信は弥吉を見つめ続けていた。

「……いや」

 信の言葉に、弥吉は首を傾げる。

「じゃあ、何しに来たんだ?」


「…………」

 信は無言のまま、ただ弥吉を見つめていた。


「信さん?」


「……………………」

 どれだけ待っても信の口から言葉は出てこなかった。


「もう! ホントに何しに来たんだよ!?」

 弥吉は痺れを切らして叫んだ。

「あ、そうだ。そういえば叡正様は? 一緒に来たんだろ?」


「ああ、部屋でうずくまっている」

「え!? うずくまってるの!? なんで!?」

 弥吉は目を丸くする。

「さぁ、わからない」

「わからないって……」

 弥吉は言葉を失う。

(信さんは本当に相変わらずだな……)

 弥吉は首を横に振ると、諦めたようにため息をついた。



「あのさ……、全部謝って済むことじゃないってわかってる……。信さんはもうわかってると思うけど、あの火事の日、咲耶太夫と信さんが裏茶屋で会うって教えたのは、俺なんだ。だから……俺のせいなんだよ……」

 弥吉は片手で顔を覆った。

 泣いていい立場ではないとわかっていたが、弥吉はこみ上げるものを抑えることができなかった。


「おまえのせいじゃない」

 信は淡々と言った。

「おまえがやらなくても、俺の元には必ず誰か送り込まれていた。おまえのせいじゃない」


 弥吉の頬を涙が伝う。

「ハハ……、ホントに……やりにくいなぁ……。悪いやつだって聞いてたのに、信さんは変だけどなんかあったかいし、咲耶太夫も玉屋のみんなも、その周りにいる人もみんな良い人で……。俺…………ずっとここにいたいとか思っちゃったりして……ホントに……どうして……」


「いたいなら、いればいい」

 信は静かな声で言った。

 弥吉は目を見開く。

「意味わかって言ってるの!? 俺、間者ってやつだよ!? そんなことやってたやつがそばにいて、不安じゃないの!?」

「不安じゃない」

 信は淡々と答えた。


「……ホント、どうかしてるよ……」

 弥吉はその場にしゃがみ込んだ。

「せめて……黒幕というか……誰が信さんを見張ってるのか教えたいんだけどさ……。ダメなんだよ……」


「脅されているのか?」

 信の目つきが少しだけ鋭くなった気がした。


 弥吉は小さく笑う。

「違うよ……。信さんは知ってるのかな……ここであったこと……。ほら、井戸から死体が見つかったってやつ……」

 弥吉はそこまで言うと、信を見つめた。

「これは屋敷のみんなの反応を見た、俺の勘なんだけどさ……。たぶんその死体で見つかった女なんだ……」

 信は、意味がわからないというように首を傾げる。

 弥吉は苦笑すると、目を伏せた。

「俺に信さんの監視を依頼したのが、死体で見つかった女なんだ、たぶんね。……この家の事実上の側室だった人だよ」


 信はわずかに目を見張った。


「ごめんね、信さん」

 弥吉は言うと、静かに目を閉じた。

 弥吉の後ろで、井戸が妖しく暗闇に浮かび上がっていた。

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