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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第七章〜南天〜
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皿屋敷と弥吉

 叡正と信が皿屋敷に着いたときには、すでに日が暮れ始めていた。

(思ったよりも時間がかかったな……)

 叡正は、信から受け取った地図を見ながら小さくため息をついた。

(この時間に訪問するのは、さすがに迷惑だろうし……)


 叡正がそんなことを考えていると、信が一歩前に出て屋敷の門を叩いた。

「お、おい! この時間は迷惑かもしれないから……」

 叡正が慌てて信の腕を掴む。

 信は叡正を見て、首を傾げた。

「迷惑だと言われたら出直せばいいだろう?」

「いや、そんなはっきり言えないだろうからさ……」

 叡正がそう言いかけたとき、ゆっくりと門が開く音がした。

 二人は門を見つめる。


「どちら様ですか?」

 そこには弥吉と同じくらいの年の少年が立っていた。

 身なりと立ち振る舞いを見る限り、少年は奉公人には見えなかった。


「あ、お忙しい時間に申し訳ありません」

 叡正は慌てて頭を下げた。

「今、人を探しておりまして……。弥吉という子なのですが、ここ数日仕事を休んでいて心配で……。こちらの屋敷で弥吉の姿を見たと教えてくださった方がいたのですが、こちらに弥吉はお邪魔しておりますか?」

 叡正はあらかじめ考えてきた言葉を、できるだけ丁重に言った。


「弥吉の……お知り合いですか!?」

 少年は目を丸くした。

「弥吉からは仕事は辞めてきたと聞いていたのですが……」

 少年は困惑したような顔で言った。


 叡正と信は顔を見合わせる。

「弥吉は、やはりここにいるのですか?」

「今はおりませんが……、まだ次の仕事が決まっていないから、しばらくここに置いてほしいと言っていたので、夜には帰ってくるはずです。よろしければ屋敷の中でお待ちになりますか?」

 少年はにっこりと笑った。


「い、いいのですか……?」

 警戒されると思っていた叡正は目を丸くした。

「ええ。弥吉から、前の仕事で関わった人はいい人ばかりだったと聞いていますから。言っていましたよ、自分にはもったいないくらいの場所だったと……。まぁ、よろしければ中にどうぞ」

 少年はそう言うと、二人を屋敷の中に促した。


「あ、申し遅れました。私は梶本隆宗(かじもとたかむね)と申します。梶本家の当主の息子です。弥吉の父親がこの屋敷で働いていた関係で、あいつとは幼い頃から兄弟のように過ごしてきたんです」


 叡正は目を丸くして、信を見た。

 知っていたのかと確認したかったが、信の顔を見る限り、信も初めて知ったようだった。


 隆宗に案内され、二人は屋敷に足を踏み入れる。


「あの……、奉公人の方は……?」

 叡正は屋敷の廊下を進みながら、前を歩く隆宗におずおずと聞いた。

 当主の息子が自ら客を案内することなど、この規模の屋敷ではありえないことだった。


「ああ、この時間は夕食の準備で奉公人が皆忙しいので……。あと……、最近奉公人の多くが辞めてしまったので、人手不足というのもあります。あ、私が門を開けたのは、たまたま門の近くにいたからというだけなので、あまりお気になさらないでください」

 隆宗は振り返るとにっこりと微笑んだ。


(まだ若いのにしっかりしてるな……)

 叡正は感心しながら隆宗の背中を見ていた。


「ひとつ聞いていいか?」

 信が唐突に口を開いた。


 隆宗は振り返ると首を傾げる。

「はい、大丈夫ですよ。何ですか?」


「この屋敷の井戸で死体が見つかったと聞いた。どんな女だったんだ?」

 信の言葉に、叡正は息を飲む。


(な、何聞いてんだ!!?)

 叡正は慌てて、手を伸ばして信の口を塞いだ。

「す、すみません!! こいつ何かとすぐ興味本位で聞いてしまうところがありまして……!」


 隆宗は微笑みを浮かべたままだったが、その眼差しはゾッとするほど冷たいものに変わっていた。

 叡正の背中を嫌な汗が流れる。


「さぁ、よく見ていませんが、知らない女でしたよ。薄汚れた……醜い女でした」

 隆宗は顔を歪めて笑った。

 叡正は自分の顔が青ざめていくのを感じた。



「さぁ、そんなことより、座敷に着きましたよ。こちらでお待ちください」

 隆宗は先ほどの表情が嘘のように柔らかく微笑むと、障子の戸を開けて座敷に促した。


「あ、ありがとうございます……」

 叡正は信の口元を押さえていた手を離すと、引きつった笑顔で頭を下げ、座敷に入った。

 信も叡正の後に続いて座敷に入る。


「それでは、後ほど奉公人にお茶を持ってこさせますので。弥吉が戻るまでこちらでゆっくりお待ちください」

「あ、ありがとうございます……」

 叡正が頭を下げると、隆宗も笑顔で頭を下げ、障子の戸を閉めた。


 座敷に二人だけになると、叡正は頭を抱えた。

「もう……帰りたい……。ひとりで来た方がマシだった……」

 叡正の呟きは信には届かず、二人は無言のまま、ひたすら弥吉を待つことになった。

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