皿屋敷へ
「悪い。待たせたみたいで……」
玉屋の前で佇む信を見て、叡正は慌てて信に駆け寄った。
「いや、大丈夫だ」
信は叡正を見てそれだけ言うと、大門に向かって歩き出した。
今日は信とともに、弥吉が出入りしているらしい屋敷に向かうことになっていた。
叡正は信の横に並ぶと、そっと信の横顔を見る。
(大丈夫そう……ではある……か?)
叡正が信と会うのは、裏茶屋の火事以来だった。
叡正は信の手を見つめる。
手には布が巻かれているため火傷が今どのようになっているのか、叡正にはわからなかった。
「どうした?」
叡正の視線に気づいた信が、横目で叡正を見た。
「あ、いや……火傷、大丈夫なのかと思ってさ……」
叡正は思わず目を伏せる。
「ああ、治った。問題ない」
信は淡々と答えた。
「治っ……てはないだろうけど……。一応、大丈夫そうでよかった」
叡正は胸を撫でおろした。
「心配だったんだ。裏茶屋から出てきた直後は手も足も真っ黒に焼け焦げてたから……」
「これくらい大したことない」
信は手を見つめると、淡々と言った。
(これくらいって……、あのときの火傷より酷い怪我って普通はそうそうしないだろう……)
叡正は思わずため息をついた後、信を見つめた。
「信……、あのとき……咲耶太夫を助けてくれて、本当にありがとう」
叡正の言葉に、信は不思議そうな顔をした。
「おまえに礼を言われるようなことはしていないと思うが……」
叡正は笑った。
「そうだな。でも、礼が言いたかったんだ」
信は叡正を見つめた後、静かに視線を前に戻した。
「そうか……」
「ああ」
叡正も前に視線を向けると、そっと微笑んだ。
「あ、そういえば、弥吉はどうしてそんな怪しげな屋敷に行ったんだ?」
叡正は咲耶からの手紙を読んで、ずっと疑問に思っていたことを聞いた。
「わからない」
信は前を向いたまま答える。
(まぁ、信も弥吉と最後に会ったのは裏茶屋の火事のときだろうし……。事情なんて知らないか……)
叡正は大門をくぐると、空を見上げた。
(みんな、いろんな事情があるんだよな……)
叡正は静かに目を閉じた。
「なぁ、何があったか知らないが……弥吉のこと、許してやってくれ……」
叡正はそっと目を開けると、視線を信に向けた。
「あいつ、おまえがいなくなった後に言ってたんだ。『俺のできる範囲で守れれば……』って。何のことかはわからないけど、守ろうとしてくれてたみたいだからさ」
叡正の言葉に、信の瞳がわずかに揺れる。
信は前を向いたまま目を閉じた。
「……そうか」
「ああ」
信はそれだけ言うと、そっと息を吐いた。
「許すも何も……最初から何も怒っていない」
信の言葉に、叡正は微笑んだ。
「そうだと思ったよ。……それならちゃんと伝えてやってくれ。たぶんそのひと言で救われるはずだから」
信は静かに目を伏せた。
「ああ……、わかった」
叡正はもう一度空を見て微笑んだ。
「弥吉、帰ってきてくれるといいな」
信もつられて空を見上げた。
そこには抜けるような青空が広がっていた。
「ああ、そうだな……」
信は自然とそう口にしていた。




