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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第七章〜南天〜
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生き恥

(信さんは……最初から気づいてたってことだよな……)

 弥吉はどんよりとした空の下、目的の場所へと足を進めていた。

 まだ日は高かったが空を覆う雲は厚く、道はどこか薄暗かった。


(そっか……。信さんが俺に言ったことって……)

 弥吉は思わず足を止めて苦笑した。


「『生きたいか?』って……俺がやろうとしてること……わかった上で言ってたのか……」

 弥吉は片手で顔を覆った。


 信と出会った日。

 正確に言えば、弥吉はもっと以前から信のことを監視していたが、信に接触を図った日を初めて会った日とするなら、信はそこから気づいていたことになる。


 あの日、弥吉は信がよく通る道で待ち伏せて、あえてボコボコにされている姿を見せた。

 そこで信に縋りつき、助けを求める予定だった。

 しかし、弥吉が縋るより先に信が聞いてきた。『生きたいか?』と。


「ホント、化け物か……あの人は……」

 弥吉はひとり呟いた。


(あの時は、ボコボコにされてるからそう聞いてきたのかと思ったけど……)

 弥吉はゆっくりと息を吐いた。

「……監視役だってわかってて自分の家に置くなんて……ホントどうかしてるよ……」


 ポツポツと雨が降り始め、弥吉の足元を濡らす。


 着ていた服が濡れ始めたのを感じて、弥吉は我に返った。

(ヤバ……、急いで行かないと……)

 懐に入れたものを濡らすわけにはいかなかった。

 弥吉は雨に濡れないように、懐に手を当てると目的の場所へと急いだ。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 雨足はしだいに強くなった。

 弥吉が長屋の軒先に着いたときには、弥吉の着物はぐっしょりと濡れていた。

 弥吉は懐に手を入れると、薬包紙を取り出す。

「薬は……なんとか無事か……」

 弥吉はホッと胸を撫でおろす。

 薬包紙は湿っていたが、濡れてはいなかった。


 水を含んで重くなった着物の裾を軒先で絞っていると、ふと小さな木が目に入った。

 その木は弥吉が物心つく前からこの長屋の前にあったが、ずっと枯れていて何の木なのか弥吉にはわからなかった。

(枯れてるし……もう抜いてもいいのかな……。まぁ、そんなことどうでもいいか……)

 弥吉は呼吸を整えると、静かに長屋の戸を開けた。

 

 長屋の中は灯りがついておらず、外よりずっと薄暗かった。

「……父さん」

 弥吉がそう呟いた瞬間、足元で勢いよく何かが割れる音がした。


「何しに来た……?」

 薄暗い中で、ゆっくりと人が動いたのがわかった。


 弥吉は慎重に足を進めるとしゃがみ込み、手探りで割れたものを探す。

 指先に割れたものの破片が触れた。

「薬を……持ってきたんだ」

 弥吉は慎重に破片を拾い集める。


「薬?」

 長屋の奥で男が鼻で笑った。

「何度も言ってるだろ? そんなもの必要ないって! 俺はもうすぐ死ぬんだよ! こんな状態で生きながらえて何になる!? もっと生き恥をさらせって?」


「……薬を飲み続ければ……もしかしたら、良くなるかもしれ……」

「なるわけないだろ!! 良くなったところで……もう何も元には戻らないんだよ……」


 破片を拾いながら、弥吉はそっと目を伏せた。


「なぁ、弥吉。もう……死なせてくれよ」

 男の言葉に、弥吉の手が震える。

 手がすべり、破片を持つ指先に鋭い痛みが走った。


「俺を開放してくれ……」

 男の声が長屋に響く。


 弥吉は震える唇を静かに噛んだ。

 目を閉じ、ゆっくりと呼吸を整える。

「薬……水瓶(みずがめ)の横に置いていくから……。飲んで……。割れたやつは危ないから、俺が外に捨てておくよ……」


 弥吉は残りの破片を拾い集めると立ち上がり、薬を水瓶の横に置いた。


「じゃあ、俺は行くから……。ゆっくり休んで……」

 弥吉はそれだけ言うと、破片を持って長屋の外に出た。


 雨は激しさを増していた。

 弥吉は割れた破片に視線を落とす。

 それは幼い頃、弥吉がよく使っていた皿だった。

「俺は…………」

 弥吉は軒先にしゃがみ込む。

 弥吉の手の中で、血のついた皿の欠片がカシャリと小さな音を立てた。

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