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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第七章〜南天〜
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十一年前

「今日からここで暮らすのね……」

 女は目を輝かせて、長屋を見つめた。

「ああ、旦那様は屋敷に住んでもいいって言ってくださったんだけどな」

 男は女の横に並ぶと、女に向かって微笑んだ。

「この子もいるし、ご迷惑をお掛けするわけにはいかないから」

 男は女のお腹に手を当てた。

 女のお腹はまだ何の膨らみもなかったが、触れるとなぜか温かな鼓動を感じる気がした。


「まだまだ先ですけどね」

 女は男の手に、自分の手を重ねるとそっと微笑む。

「そんなことない。もうすぐだ」

 男はお腹を見つめながら、目を細めた。

「ふふ、そうですね」

 女は楽しそうに笑うと、再び視線を長屋に移した。


「あら」

 女は長屋の前に植えられた木に目を留めた。

「これは何の花かしら?」

 木の枝の先には、たくさんの白い花が咲いていた。


「ああ、南天の花だな。江戸では火災避けとして長屋の前に南天を植えるらしい」

 男も長屋の方に視線を向けた。

「火災ですか……。江戸は多いと聞きますものね。まぁ、これだけ人が密集して暮らしていれば、火事は起こりやすいのでしょうけど……」

 女は目を伏せた。

「俺たちも気をつけないとな。これからはお腹の子も一緒だから」

 男はそっと女の肩を抱いた。

「そうですね……」

 女は自分のお腹をそっとさすった。


「この南天が赤い実をつける頃には、お腹の子にも会えるかな?」

 男が嬉しそうに笑った。

「え!? 南天といえば十一月や十二月ですよね? まだ生まれていませんよ! 気が早いです! 生まれるのは早くても年が明けてからですよ」

 女は苦笑した。

「そうか……。まだ先だな……」

 男は少し残念そうに呟く。

「ふふ、きっとあっという間ですよ。南天が実をつけるのも、この子が生まれるのも……」

「そうだな……」

 男は南天を見つめながら微笑んだ。


「まぁ、まずは俺がしっかり働かないとな。旦那様に満足いただけるものを作れるよう努力するよ。こっちは土も水も違うだろうから……」

「あなたならできますよ。しっかり旦那様のご期待に応えてくださいね」

 女は柔らかく微笑んだ。

「ああ、おまえとこの子のためにもな……」

 男も女を見つめて微笑んだ。


 そのとき、風が吹いた。

 二人は心地よい風に目を閉じ、南天の花はそんな二人を見守るように、静かに長屋の前で揺れていた。

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