皿屋敷
「一枚……二枚……」
弱々しい女の声が響いていた。
男は生唾を飲み込むと、ロウソクの灯りを頼りに屋敷の暗い廊下を進む。
「……三枚……四枚……」
女の声は屋敷の奥の部屋から響いているようだった。
(噂は本当だったのか……)
男は舌打ちしたい気分になった。
夜になると屋敷の奥から女のすすり泣くような声が聞こえる。
そう奉公人のあいだで囁かれるようになったのはほんの十日ほど前のことだった。
噂は瞬く間に広がり、今では屋敷の外の人間の耳にも入るようになっていた。
この事態を何とかしなければと、夜に屋敷を巡回するよう指示を受けたのが男だった。
「六枚……七枚…………」
(頼むから、誰かの悪ふざけであってくれ……)
男は祈るような気持ちで廊下を進む。
「八枚……」
男は一番奥の部屋の前で足を止めた。
(ここ……だよな……?)
男は震える手で、部屋の襖に手を掛ける。
男は勢いよく襖を開けた。
「だ、誰かいるのか!?」
男は目を凝らしたが、部屋の奥は暗くよく見えなかった。
男は手に持っているロウソクをかざし、少しずつ奥に進む。
「お、おい……。誰か……いるのか……?」
すると、カサッという小さな物音が聞こえた。
男は慌てて、音のした方にロウソクを向ける。
男は息を飲んだ。
ロウソクの灯りに照らし出されたのは、白い着物に身を包んだ髪の長い女の後ろ姿だった。
灯りに反応したのか、女の肩がピクリと動く。
「ひぃ……!」
男は思わず声を上げた。
女が動くと、ぴちゃっという水音が響いた。
よく見れば女の体は、今まで水に浸かっていたようにずぶ濡れだった。
「九枚……」
女の弱々しい声が響く。
男は全身から血の気が引いていくのを感じた。
「あああああああああああああああああああああ!」
突然女が悲鳴のような声を上げた。
男は叫び出しそうになるのを何とか堪えた。
ゆっくりと女が男を振り返る。
女の顔は血のようなもので真っ赤に染まり、薄暗くても顔が腫れあがっているのがわかった。
「ひぃぃぃ!」
男は思わず悲鳴を上げた。
女が頭を掻きむしる。
その指先はすべて赤く染まっていた。
「一枚……足りない…………!!」
女はそう呟くと、男に視線を向けた。
(マズい……!)
男が身の危険を感じて逃げ出そうとした瞬間、男は何かにぶつかって倒れた。
ロウソクの火が消え、辺りは暗闇に包まれた。
(マズい! マズい! マズい……!!)
もつれる足で逃げ出そうと藻掻いた瞬間、男は耳元に息がかかるのを感じた。
「ねぇ……、一枚……足りないの……!」
男が恐る恐る首を動かすと、女の醜く腫れあがった顔がすぐ目の前にあった。
男は驚愕で目を見開く。
女の髪から滴る水が、男の頬を濡らした。
腐ったような臭いが男の鼻をつく。
「あ……ああ……あああああああああああああああああ!!」
男は絶叫すると、そのまま意識を失った。




